Pittsburg & Gettisburg (ピッツバーグ & ゲティスバーグ)


十三夜の月のイラスト

シカゴは早々に見学して次の目的地ピッツバーグに向かいました。ピッツバーグは古くから発達した街でしたが、とくに自動車工業が盛んになったことで発展しました。しかしアメリカの自動車産業が斜陽になるにつれ、今ではラストベルト(Rust Belt)と呼ばれる寂れた地域になってしまいましたが、ピッツバーグのあるペンシルベニア州がその中心です。しかし現在はまた復興中で、液体水素燃料電池の開発、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報技術および認識技術があり、この地域は技術職の重要な供給源になっています。

私たちの目的地はピッツバーグではなく、南北戦争終焉の地ゲティスバーグでした。日本では南北戦争と呼びますが、英語では市民戦争ないし内戦という意味のThe Civil Warといいます。ゲティスバーグはアメリカ合衆国軍とアメリカ連合国が双方が総力を結集し、南北戦争史上最大の激戦となった地です。いわば関ヶ原の合戦です。現地に行くと当時の様子を展示した博物館があります。

大戦争は北軍の勝利となり、戦後の1863年11月19日に行われた戦没者墓地奉献式で、アメリカ合衆国大統領リンカーンが演説を行ったことで有名です。その中の一節、「人民の、人民による、人民のための政治」は民主政治の本質を端的に語るものとして日本でも習います。

「87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、すべての人は平等につくられているという信条に献げられた、新しい国家を、この大陸に打ち建てました。現在(いま)われわれは一大国内戦争のさなかにあり、これによりこの国家が、あるいはまた、このような精神にはぐくまれ、このように献げられたあらゆる国家が、永続できるか否かの試練を受けているわけであります。われわれはこの戦争の一大激戦の地で相い会しています。われわれはこの国家が永らえるようにと、ここでその生命を投げ出した人々の、最後の安息の場所として、この戦場の一部を献げるために来たのであります。われわれがこのことをするのはまことに適切であり適当であります。(中略)われわれがここで述べることに、世界はさして注意を払わないでありましょう、また永く記憶することもないでしょう。しかし彼らがここでなしたことは、決して忘れられることはないのであります。ここで戦った人々が、これまでかくも立派(ノーブリー)にすすめて来た未完の事業に、ここで身を捧げるべきは、むしろ生きているわれわれ自身であります。(中略)それは、これらの名誉の戦死者が最後の全力を尽くして身命を捧げた、偉大な主義(コーズ)に対して、彼らの後をうけ継いで、われわれが一層の献身を決意するため、これらの戦死者の死を無駄に終わらしめないように、われらがここで堅く決心するため、またこの国家をして、神のもとに、新しく自由の誕生をなさしめるため、そして人民の、人民による、人民のための、政治を地上から絶滅させないため、であります。」(高木八尺・斉藤光訳『リンカーン演説集』1957 岩波文庫 p.148)
この戦いでの戦没者を悼み、建国以来のアメリカ合衆国のなかでのこの勝利の意義を述べたものです。

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