Indianapolis-St.Louis(インディアナポリス-セントルイス)


十三夜の月のイラスト

ナイアガラの滝の後は、LAへの長い帰り道です。往路はルート66に近いI-40でナッシュビルまで行き、そこからルイビルに北上するルートでしたが、帰路は再びI-40に戻るため、バッファローから五大湖の1つ、エリー湖沿いに南下します。そしてクリーブランドから、さらに南下して、コロンバスから西にインディアナポリスを目指します。インディアナポリスはIndy500という自動車レースで有名ですが、典型的な中西部の都市で、これまで多くの街を見てきたので、とくに観光することもなく、ひたすらドライブを続け、次の都市セントルイスに行きました。

ここは有名なジャズの名曲「セントルイス・ブルース」の街ですし、ミズーリ州東部のミシシッピ川とミズーリ川の合流点に位置していて、昔から水運で栄えた街です。ディズニーランドにある蒸気船マークトエイン号はこのミシシッピ川を行き来した船をモデルにしています。今でも、ミシシッピ川を行く観光船があり、食事や音楽が楽しめる旅になっています。時間があれば、こうした旅もいいものでしょう。

セントルイスは、1764年2月14日にフランス人が毛皮の取引所を設け、ルイ9世(聖王)に因んでサン=ルイ(Saint-Louis、英語ではセント=ルイス)と命名されたという由来があります。Louisianaと同様、フランスは南のニューオーリンズから北上して植民地を開発していきました。ニューオーリンズもNew Orleansであり、ルイ15世の摂政オルレアン公フィリップ2世に因んでいます。今回の旅では行けませんでしたが、セントルイスからニューオーリンズまでの船旅も楽しそうです。ニューオーリンズには昔のフランス統治時代の街並みが残っていて、フレンチクオーターといいますが、これもディズニーランドに再現されています。フレンチクオーターにはバーボンストリートというバーが立ち並ぶ飲み屋街があり、プリザベーション・ホールという伝統的なジャズ酒場がありました。別の機会にニューオーリンズを訪問した時には2晩通い、同行者に呆れられた思い出があります。2005年のハリケーン・カトリーナで甚大な被害を受けたニューオーリンズはすっかり様変わりしたそうですが、フレンチクオーターはほぼ無事だったらしく、多くが再建されたようです。

1904年には万国博覧会が開催され、その併設イベントとしてアメリカ大陸で初めてセントルイスオリンピックが開催されてアメリカにおける地位と注目を高めました。セントルイスにはシンボルとして大きなアーチがあります。ゲートウエイ・アーチといい、上に上がれるようになっている巨大な建物で、眺めはいいそうです。時間的に無理だったので、見るだけに終わりましたが、それでも印象的な建物でした。セントルイスは古くから発展してきたので、スポーツや芸術も盛んで、野球のカージナルス、ホッケーのブルース、サッカーのシティSC、フットボールのバトル・ホークスがあります。音楽ではセントルイス交響楽団は全米で2番目に古く、バレエ団もあります。リンドバーグの飛行機名もSpirit of St. Louisです。

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