Hurst Castle(ハースト・キャッスル)

101を少し離れますが、太平洋を見下ろす丘の上に、まるでスペインの古城のような巨大建築があります。白い塔、地中海風の回廊、古代神殿のようなプール。現在は観光名所として知られる「ハースト・キャッスル」です。しかし、この城は単なる豪華邸宅ではありません。そこには20世紀アメリカの富、権力、メディア、夢、そして崩壊の物語が刻まれています。
この城を築いたのは、新聞王 William Randolph Hearst です。彼は19世紀末から20世紀前半にかけて巨大新聞帝国を築き、アメリカ社会に絶大な影響力を持ちました。センセーショナルな見出しや大衆心理を刺激する報道で部数を伸ばし、「イエロー・ジャーナリズム」の象徴とも呼ばれます。彼の新聞は政治すら動かす力を持っていたとされ、アメリカ・スペイン戦争の世論形成にも関与したといわれています。しかし、ハーストは単なる新聞経営者ではありませんでした。彼は異常ともいえる情熱を持つ美術収集家でもありました。ヨーロッパ各地から中世修道院の天井、古代ローマ彫刻、タペストリー、ステンドグラス、暖炉、家具などを大量に買い集め、それらを収めるために築かれたのが、このハースト・キャッスルだったのです。設計を担当したのは女性建築家 Julia Morgan。当時としては極めて珍しい女性建築家であり、彼女はハーストの空想を現実の建築へと変えていきました。スペイン風、ゴシック風、地中海風、古代ローマ風など、さまざまな様式が混在しながらも、不思議な統一感を持っています。中でも有名なのが「ネプチューン・プール」です。ギリシャ神殿を思わせる列柱に囲まれた巨大屋外プールで、夕暮れ時には白い石が赤く染まり、幻想的な景色を生み出します。さらに屋内の「ローマン・プール」は、青と金のモザイクで覆われ、まるでビザンティン帝国の浴場のようです。これが個人邸宅だったという事実は、今なお多くの人を驚かせます。1920〜30年代、この城には当時の著名人たちが集まりました。Charlie Chaplin、Clark Gable、政治家、実業家、作家たちが招かれ、夜ごと晩餐会が開かれました。そこはアメリカ版ヴェルサイユ宮殿のような空間だったのです。
しかし、ハースト家の歴史には華やかさだけではなく、暗い影も存在します。その象徴が、1974年に起きた「ハースト誘拐事件」でした。誘拐されたのは、新聞王ハーストの孫娘である Patty Hearst です。彼女は左翼過激派組織「シンビオニーズ解放軍(SLA)」によって拉致されました。当時アメリカは、ベトナム戦争後の社会不安、学生運動、急進左翼思想、政治的不信が渦巻く時代でした。事件をさらに衝撃的にしたのは、その後の展開でした。監禁されていたパティ・ハーストが、やがて誘拐犯側に加わり、銀行強盗に参加する映像が公開されたのです。ライフルを持つ彼女の姿は全米に衝撃を与えました。被害者なのか、洗脳されたのか、それとも自ら思想的転向を遂げたのか。アメリカ社会は大きく揺れました。この事件は単なる犯罪事件ではなく、「アメリカの支配層の娘」が反体制運動へ取り込まれた象徴的事件として語られました。巨大メディア帝国の一族であるハースト家が、逆にメディア時代の混乱に巻き込まれたとも言えるでしょう。
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