Monterey(モントレー)

カリフォルニア中部海岸の町、Montereyを訪れると、ときどき不思議な感覚に包まれます。そこは確かにアメリカ西海岸でありながら、乾いた陽光のカリフォルニアというより、むしろ北イギリスの古い文学の舞台のような空気をまとっているからです。海から流れ込む濃霧、灰色の空、岩に砕ける波、そしてどこか孤独な風景。それは、まるでWuthering Heights、日本語で『嵐が丘』の世界を思わせます。『嵐が丘』を書いたのは、19世紀イギリスの作家ブロンテEmily Brontëです。ヨークシャーの荒涼としたムーア(荒野)を背景に、激しく、破滅的な愛情を描いた作品として知られています。吹きすさぶ風、閉ざされた館、自然と人間の激情が混じり合う世界観は、単なる恋愛小説を超えた、一種の自然文学でもあります。一見すると、Montereyとイギリス北部の荒野は無関係に見えます。しかし、実際にMonterey半島に立つと、その共通点に気づかされます。ここには、南カリフォルニアのような明るく軽快な海辺の雰囲気はありません。太平洋から押し寄せる冷たい海流と霧が、町全体を静かに包み込みます。海岸線には黒い岩場が続き、風にねじ曲げられた糸杉が立っています。晴天であっても、どこか陰影が深いのです。特に17-Mile Driveを車で走ると、その印象はさらに強くなります。海から吹き上げる風に耐える樹木の姿は、ヨークシャーの荒野に立つ古木を思わせます。中でも「ローンサイプレス」と呼ばれる一本の糸杉は、孤独そのものの象徴のようです。断崖の上に立つその姿には、『嵐が丘』の主人公ヒースクリフのような、頑なで孤高な気配すら漂います。Montereyの海には、文学的な「陰」があります。たとえば、同じカリフォルニアでもSanta BarbaraやMalibuは、光と開放感の世界です。しかしMontereyは違います。ここでは霧が景色を半分隠し、海は深い青緑色を帯びています。人間よりも自然のほうが強く、古い記憶を保持しているような感覚があります。
その空気を最も巧みに描いたのが、ノーベル文学賞作家のJohn Steinbeckでした。彼はMontereyを舞台にした『Cannery Row』などの作品で、港町に生きる人々の孤独や温かさを描きました。現在観光名所となっているCannery Rowも、かつてはイワシ缶詰工場が並ぶ労働者の町でした。
20世紀前半、Montereyはイワシ漁で繁栄しました。しかし乱獲によって海は疲弊し、産業は急速に衰退します。この繁栄と崩壊の歴史もまた、『嵐が丘』に通じるものがあります。人間は自然を支配しているように見えて、実際には自然の巨大な循環の中で翻弄されている感覚です。
現在、その旧工場群はレストランやホテル、水族館へと生まれ変わっています。Monterey Bay Aquariumは、世界有数の海洋研究・教育施設として知られています。しかし、この場所の魅力は、単なる観光施設の充実だけではありません。むしろ、「失われた時代」をどこかに残している点にあります。夕暮れ時、Monterey湾に霧が流れ込み、遠くでアシカの鳴き声が聞こえると、町全体が静かな夢の中に沈んでいくようです。その景色には、『嵐が丘』に流れる「死者の記憶」や「過去への執着」に似た感情があります。
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