「フランス人が切り開いた北米」 第2回 セントローレンス川をさかのぼった男 ― ジャック・カルティエ

フランスが北米への本格的な探検を始めたのは1534年のことでした。その先頭に立ったのが、フランス北西部サン・マロ出身の航海者ジャック・カルティエです。彼は生涯に三度の航海を行い、広大なセントローレンス川流域をヨーロッパへ紹介しました。現在のカナダという国の歴史は、カルティエの航海から始まったと言っても過言ではありません。
16世紀前半、ヨーロッパでは新航路の開拓が盛んに行われていました。スペインやポルトガルが中南米で莫大な富を得る一方、フランス国王フランソワ1世はアジアへ通じる「北西航路」の発見を目指します。その使命を託されたのが、経験豊富な船乗りだったカルティエでした。
1534年4月、カルティエは2隻の船と約60人の乗組員を率いてサン・マロを出航します。約20日後にはニューファンドランド島周辺へ到達し、さらにセントローレンス湾へと入りました。彼はガスペ半島で大きな十字架を立て、この地をフランス王の領土であると宣言します。しかし、この土地で暮らしていた先住民にとって、それは突然の出来事でした。
この最初の航海で、カルティエはイロコイ系先住民の首長ドナコナと出会います。そして帰国の際には、首長の二人の息子をフランスへ連れて帰りました。現在では問題視される行為ですが、当時は新しい土地の情報を得るための手段の一つと考えられていました。この二人が後の航海で重要な案内役となります。
翌1535年、カルティエは三度目ではなく第二回航海に出発します。今度は先住民の若者たちの案内を受けながら、巨大なセントローレンス川をさかのぼりました。途中で到着した村「スタダコナ」は、現在のケベック市の起源となった場所です。さらに上流へ進み、「ホケラガ」と呼ばれる大きな集落にたどり着きました。そこは現在のモントリオールにあたります。
ホケラガ近くの小高い丘から眺めた景色に感動したカルティエは、その丘を「モン・ロワイヤル(王の山)」と名付けました。この名前が後に「モントリオール(Montréal)」へと変化し、現在の都市名になりました。
この航海で、カルティエはもう一つ重要なものをヨーロッパへ伝えます。それが「カナダ」という名前です。先住民が自分たちの村を指して使っていた「カナタ(kanata)」という言葉を、カルティエは地域全体を表す名称と理解しました。「カナタ」はイロコイ語で「村」や「集落」を意味すると考えられています。この偶然の誤解から、「カナダ」という国名が生まれたのです。
しかし、この第二回航海は決して順調ではありませんでした。厳しい冬が訪れ、探検隊はスタダコナで越冬を余儀なくされます。寒さと食料不足の中、多くの隊員が壊血病に苦しみました。ところが先住民たちは、トウヒの葉や樹皮を煮出した飲み物を勧めます。これにはビタミンCが豊富に含まれており、多くの隊員の命が救われました。ヨーロッパ人が北米の自然から学んだ最初期の出来事の一つとされています。
1541年、カルティエは三度目の航海で植民地建設を目指します。しかし、厳しい自然環境や先住民との関係悪化もあり、計画は失敗に終わりました。さらに、金やダイヤモンドと思って持ち帰った石は、実際には黄鉄鉱と水晶だったことが判明します。この出来事からフランスには「カナダのダイヤモンド(faux comme les diamants du Canada=見かけ倒し)」ということわざまで生まれました。
植民地建設には失敗したものの、カルティエの功績は決して小さくありません。彼はセントローレンス川という北米内陸への大動脈をヨーロッパへ紹介し、その後のフランス植民地建設の道を切り開きました。約70年後、この川沿いにサミュエル・ド・シャンプランがケベックを築くことになります。
現在、ケベック市にはカルティエの名を冠した公園や記念碑があり、モントリオールには彼が見上げた「モン・ロワイヤル」が今も市民の憩いの場となっています。また、ガスペ半島にはカルティエが建てた十字架を記念する巨大なモニュメントが立ち、フランスとカナダの歴史を今に伝えています。
ジャック・カルティエは、黄金を発見したわけでも、大植民地を築いたわけでもありません。しかし、未知の大河をさかのぼり、北米の広大な内陸世界をヨーロッパへ紹介した彼の航海は、その後のフランスの歴史を大きく動かしました。そして「カナダ」という名前は、約500年を経た現在も、一人の探検家と先住民との出会いを静かに語り継いでいるのです。
次回予告
次回は「ケベック建設 ― シャンプランが築いたフランス植民地」をお届けします。「ヌーベル・フランスの父」と呼ばれるサミュエル・ド・シャンプランの生涯と、毛皮交易によって発展したケベックの歴史をたどります。
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