日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第8回(3) アメリカ独立 日本は田沼から寛政へ

― 独立宣言と寛政の改革、二つの社会が「政治の立て直し」に向き合った時代 ―
この日米の歴史を比較すると、さらに興味深いテーマが見えてきます。
アメリカ建国の中心にあった言葉は、自由でした。政府の権力を制限し、人民の権利を守る。
一方、寛政の改革が重視したのは、秩序でした。倹約。身分秩序。農村の再建。思想統制。幕府を中心とした社会秩序を立て直すことが目的でした。
もちろん、アメリカにも秩序を重視する思想があり、日本にも自由を求める人々はいました。しかし、政治の基本理念を大きく見ると、
アメリカ=自由を中心に国家を設計する
江戸日本=秩序を中心に社会を維持する
という違いが浮かび上がります。
ところが、アメリカの「自由」も完全ではなかった。
ここで再び、建国時の矛盾に戻る必要があります。
アメリカは自由を掲げました。しかし奴隷制度は残りました。先住民族の土地も奪われ続けました。女性には政治参加の権利がありませんでした。つまり、アメリカの建国は、「自由を完成させた出来事」ではなく、「自由という理念を掲げた出発点」だったのです。その後、アメリカは長い時間をかけて、その理念を現実に近づけようとしていくことになります。奴隷制度廃止。女性参政権。公民権運動。これらはすべて、1776年に掲げられた「平等」という理念との関係で理解することができます。
・日本にも「改革を求める思想」が生まれていた
一方、日本でも政治や社会について考える人々が増えていました。国学。蘭学。儒学。経世論。こうした学問を通じて、「日本の政治はどうあるべきか」「農村をどう立て直すべきか」
「外国とはどう付き合うべきか」といった議論が行われています。まだ「国民国家」や「民主主義」という近代的な概念ではありません。しかし、社会を理論的に分析し、より良い政治を考える知識人が増えていたことは、幕末の変化につながっていきます。
・18世紀末、二つの国はまだ出会っていない
1780年代の日本とアメリカは、まだ直接的な関係をほとんど持っていません。
日本は江戸幕府のもとで東アジアの国際秩序の中にいました。
アメリカは独立したばかりの新国家でした。ところが、両国の距離は次第に縮まっていきます。アメリカは独立後、さらに西へ領土を広げます。1803年にはフランスからルイジアナを購入。さらに西へ進みます。太平洋岸へ到達し、やがて太平洋を越えた貿易に関心を持つようになります。そして19世紀になると、アメリカは日本へ近づいてきます。その背景には捕鯨があったことはあまり知られていません。その捕鯨は食肉ではなく、鯨油が目的で、鯨油は機械の潤滑油として最適であり、産業革命が生んだ必需品でした。アメリカは太平洋の捕鯨が目的でした。このことは日本史ではほとんど語られていません。
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