日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第9回(2) ワシントンと松平定信

十三夜の月のイラスト

― 初代大統領と寛政の改革者、二つの「国家像」 ―

・松平定信は「将軍」ではなかった

一方、日本の松平定信は将軍ではありません。老中です。しかし、1787年から1793年まで、幕府政治の中心人物として強い影響力を持ちました。定信が目指したのは、幕府の権威と財政を立て直すことでした。田沼時代の商業重視政策に対して、定信は倹約と農村復興を重視します。農村人口の流出を防ぎ、農業生産を回復させ、幕府の基盤を再建しようとしました。また、朱子学を幕府公認の学問として重視します。政治と社会の秩序を安定させることが、定信の重要な目標でした。

・ワシントンと定信の意外な共通点

ワシントンと松平定信は、一見すると正反対の人物です。一人は革命によって生まれた共和国の初代大統領。もう一人は江戸幕府の改革者。しかし、共通点があります。それは、「政治を安定させなければならない」と考えていたことです。

アメリカでは、独立戦争によって社会が大きく揺れました。州同士の利害対立もあります。中央政府には十分な権力がありません。経済も不安定でした。ワシントンは、こうした新国家をまとめなければなりませんでした。

日本では、天明の大飢饉による社会不安がありました。幕府財政も苦しくなっています。定信は、江戸幕府を立て直さなければなりませんでした。

つまり二人は、「革命後の国家を安定させる」「危機に陥った既存国家を安定させる」という違いはあるものの、同じように「政治的安定」を目指していたのです。

・アメリカ最初の首都はニューヨーク

ここで「首都」という面白いテーマを見てみましょう。アメリカ合衆国の最初の首都は、現在のワシントンD.C.ではありません。1789年、ワシントンが大統領に就任したとき、首都はニューヨークでした。ニューヨークは商業都市として急速に発展していました。大西洋に面し、ヨーロッパとの交易にも便利です。新国家にとって重要な経済都市でした。しかし、南部の州などはニューヨークのような北部の商業都市が政治的に強くなることを警戒しました。そこで首都をどこに置くのかが、重要な政治問題になります。

・フィラデルフィアへ

1790年、首都はフィラデルフィアへ移されました。フィラデルフィアは独立革命の中心地の一つでした。独立宣言が採択されたのもフィラデルフィア。合衆国憲法が制定されたのもフィラデルフィアです。一時的とはいえ、ここが新国家の政治的中心となりました。しかし、フィラデルフィアも最終的な首都ではありません。新しい国には、「特定の州や都市に属さない、政治のための新しい首都」が必要だという考え方が強くなっていきます。

・そしてワシントンD.C.へ

1790年、南部出身の政治家たちとの妥協の結果、ポトマック川沿いに新しい首都を建設することが決まりました。この場所が、現在のワシントンD.C.です。

1791年に正式に「District of Columbia」として組織され、首都建設が進められました。フランス出身の都市計画家ピエール・シャルル・ランファンが都市計画を担当します。広い道路。記念碑的な建築。議事堂。大統領官邸。新しい共和国にふさわしい都市が計画されました。そして1800年、連邦政府は正式にワシントンD.C.へ移転します。

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