日本史と世界史で読み解く 日米物語 第14回(3) 第一次世界大戦と日米関係

十三夜の月のイラスト

― 日本はなぜ「列強」になり、アメリカはなぜ世界の中心へ向かったのか ―

・「世界の中心」が変わった

第一次世界大戦前、世界の中心はヨーロッパでした。イギリス。フランス。ドイツ。ロシア。これらのヨーロッパ列強が国際政治を主導していました。しかし戦争によって、ドイツは敗北。

・オーストリア=ハンガリー帝国は崩壊。

オスマン帝国も崩壊。ロシアでは革命が起こり、ソビエト政権が成立。ヨーロッパの伝統的な帝国秩序は大きく揺らぎます。その一方で、アメリカが世界最大級の経済・金融大国として台頭しました。日本もまた、戦勝国として国際的地位を高めます。

・1919年、パリ講和会議

戦争後、パリで講和会議が開かれました。ここには戦勝国の代表が集まり、新しい世界秩序を話し合います。中心となったのは、アメリカのウィルソン。イギリスのロイド・ジョージ。フランスのクレマンソー。イタリアのオルランド。などです。日本も五大国の一つとして参加しました。ここで、日本はもはや「アジアの一国」ではなく、世界の主要国の一つとして扱われていたのです。

・人種平等案をめぐる日本

パリ講和会議で、日本代表団が提案したものの一つが、人種差別撤廃を求める人種平等案でした。これは、国際連盟規約に人種差別撤廃の原則を盛り込もうという提案です。日本にとっては重要な問題でした。なぜなら、前回見たように、アメリカなどでは日本人移民に対する差別や土地所有制限が存在していたからです。日本は国際社会で「文明国」「列強」と認められる一方、人種的には欧米諸国と完全に対等とは扱われていませんでした。その矛盾を背景に、この提案が出されたのです。

・しかし、人種平等案は採用されなかった

日本の提案は、一定の支持を集めました。しかし、最終的には採択されませんでした。これにはオーストラリアなど、白人移民国家の反対がありました。また、ウィルソンも積極的に支持しませんでした。この出来事は、日本国内にも大きな失望を与えます。「国際社会では平等を掲げながら、白人国家と非白人国家では扱いが違うのではないか」という疑問が生まれます。この問題は、その後の日本の対外認識にも影響していきます。

・国際連盟という新しい試み

第一次世界大戦後、ウィルソンが強く提唱したのが国際連盟です。二度と世界大戦を起こさないために、国家同士が話し合う国際機関を作ろうという考え方でした。これは非常に新しい発想でした。それまでの国際政治は、「国家同士が軍事力を競い、必要なら戦争する」という側面が強かったからです。ウィルソンは、「国際社会にもルールを作ることができる」と考えたのです。

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