聾教育と手話5

しかし、近年になって人工内耳の登場と普及が聾教育に影響を与えるようになりました。20世紀の終わり頃から、先進国では人工内耳が普及しはじめた。これに伴い、幼児期に人工内耳を装用した聴覚障害児の教育法が議論されるようになりました。人工内耳が登場した時期を中心として、多くの国において、聾者は障害者ではなく言語的少数者であると主張するグループから人工内耳装用は一種の民族浄化(少数民族としてのろう者の抹殺)であるとの激烈な攻撃が行われましたが、バイリンガル聾教育を推進していた北欧においても、人工内耳装用児の激増し、スウェーデンやデンマークにおいても90%~ほぼ100%と言われるほど普及し、その影響を受けて聴覚口話法が再度見直されるようになっているのが現状です。
こうして聾教育の歴史を概観すると、時代的な思想の変化や、政治状況、そして音声工学技術の進化が大きな影響を与えてきたことがわかります。欧米や日本のような「先進国」では補聴器や人工内耳も可能で、手話と口話の選択がありますが、開発途上国では、電子機器利用は不可能であり、そもそも聾学校すら設立がむずかしい状況にあります。教育は経済と不可分であり、簡単には解決できない課題が今も未解決です。現代では、AIを用いたコミュニケーション方法が次々に開発されていますが、聾教育に応用できるまでには至っていません。人工内耳も進歩が目覚ましいとはいえ、完全に聴覚損失をなくすほどではなく、とくに生後間もない幼児への手術はむずかしく、中途失聴者や難聴者でも訓練が必要になるなど、イメージほど課題解決にはなっていません。一方、手話習得もむずかしい問題があり、手話だけで教育や社会生活が可能な社会はないのが実情で、マイノリティの言語に共通する問題は未解決です。
さらに日本では、聾学校の縮小とスマートフォンなどによる日本語の影響があります。聾学校の縮小は人口減少に伴い、統廃合が行われたためです。聾学校の多くが廃止される一方で、普通校への就学が増えました。一時期のインテグレーションという思想ではなく、やむなく特別支援学級という形での存続が強いられたわけです。これにより聾学校という閉鎖的な空間ではなく、聞こえる子供たちとの接触が日常的になったのと、スマートフォンの使用により、文字による日本語学習の機会が増えました。スマートフォンの日本語は「打ち言葉」といわれる省略的な独特な文体ですが、機械が語彙を提示してくれるという機能も手伝って、聾児には扱いやすい日本語でした。成長すれば長い文章も扱えるようになり、長年、口話法だ手話法だと論争してきた歴史が一度に無意味になるようなイノベーションが起こったのです。日本語を習得した聾者は昔からある手話よりも日本語に対応するタイプの手話の方が便利です。また手話通訳の手話もわかりやすくなります。こうして、聾者にとっての日本語学習は新しい時代に入っています。今後、日本語対応手話はますます需要が増え、語彙も豊富になっていくという進化が進むと予想されます。
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