手話の雑学86


手話で話す女性のイラスト

聴覚を使える犬や馬にもハンドサインが使われる理由があり、デフドッグだけではありません。警察犬、競技犬、馬術、牧羊犬でもハンドサインは広く使われます。理由は単純で、音声よりノイズに強く、距離に強く、方向の影響を受けにくいためです。競技犬訓練(オビディエンス)では、声のコマンド(verbal cue)よりハンドサイン(visual cue)のほうが優先度が高いとされるほど。犬は同時に出された場合、視覚合図のほうを選びやすいという研究もあります。

馬の場合は、手綱や脚の合図が主になりますが、「停止」「進路変更」「後退」の一部は手の動きでも伝えられます。鳥類の訓練(ファルコンリー、バードショー)では、腕の角度や手の開閉が行動キューになります。ハンドサインの学習原理として、ハンドサインは言語ではなく、条件づけ+強化学習の組み合わせで獲得されます。ただし、犬や馬は文脈と表情読み取りが上手なので、学習は単なる条件反射にはとどまりません。次のような段階で理解が深まっていきます。

1.サインと行動の連結(刺激→反応):SIT=腰を下ろす、COME=近づく など。
2.文脈の一般化:公園・家・訓練所など、環境が変わっても応じられるようにする。
3.距離・角度の一般化:遠く離れた位置や側方からでも認識できるようにする。
4.競合刺激の抑制:他犬、匂い、音などの誘惑に反応しない。

こうした段階は、手話の文法獲得とはまったく違いますが、視覚刺激を記号として認識し、行動に結びつける能力そのものは、動物にも備わっています。
しかし、ハンドサインの構造と、人間の言語と似て非なる部分があります。手話のように文法を持つ体系ではなく、ハンドサインは基本的に「単語集」に近いです。語順の規則はなく、複雑な文を組み立てることはできないのです。しかし、記号論的には次のような性質を持ちます。

・図像性(iconicity)が強い:“座る”は下げる動作、“来る”は寄せる動きなど。
・恣意性(arbitrariness)が弱い:音声語の「まて」が犬にとって恣意的なのに対し、手のひらの停止サインは直感的に理解しやすい。
・空間性(spatiality)が本質的:手の位置・距離・向きが意味に関わる。これは手話の特徴と共通しています。

こうした特徴は、身体を通じた記号の根源的な性質を示していて、動物訓練はミニマルな記号体系がどのように成立するかを観察できる絶好の例になります。同時に、記号体系の進化過程を類推させる証拠でもあります。犬や馬など、人間との関りが深い動物には、ハンドサインが通じます。しかし猫はどうなのでしょうか。一方で、イルカなどでもハンドサインが使われますが、ホイッスルなどによる補助が必要なようです。サーカスの動物もハンドサインが使われますから、記号体系の進化は単純ではなさそうです。

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