手話の雑学88

では、人間と動物の間で「手話コミュニケーション」は成立するか、という昔からの課題があります。SF映画などでは、当然のように描かれていますが、現実は簡単には結論できません。現実の話として、訓練された犬や馬などは手話風のシグナル体系を習得できます。犬の訓練では、聴覚障害者のためのデフドッグが、人間の手話単語に近いシグナルを理解して動作する例があります。人間が言語指導する側に立ち、犬が記号を学ぶという構造なら成立するわけです。しかし「犬が犬に手話を伝授し、体系として広げる」という段階には達しません。言語の創始には、象徴化能力・共同注意・抽象化・二重分節という、動物には難しい要素が詰まっているためです。
動物同士での手話は、
・自然状態での体系的な手話=存在しない
・ジェスチャーによる“準手話コミュニケーション”は複数種で見られる
・人間が枠を作れば、動物はサイン体系の一部を学習できる
・ただし、言語としての文法的・抽象的システムへは発展しない
ということで、言語の境界線は一般に考えられているような明瞭なものではないのです。言語では象徴化、身体性、文法という三つが互いに絡み合っていて、人間という特殊な生物の特徴であることがわかります。ここで進化と言語をめぐる思索をしてみます。哲学的な議論になるので、わかりにくかったらご容赦ください。
1.象徴化の進化
象徴化とは、「目の前にないものを、別の刺激・形・動きを使って指し示す能力」です。煙が火を象徴する、白い旗が降参を象徴する、手をひらめかせて「雨」を象徴する。これは動物もある程度できますが、抽象度・安定性・組み合わせ可能性で人間だけが飛び抜けています。
進化論的な視点でよく語られるのは三段階です。
・身体的ジェスチャーの段階:ここでは動きそのものが意味を持つ。怒れば吠える、嬉しければ尻尾を振る。霊長類のジェスチャーはほぼこの層にあります。
・象徴的ジェスチャーの段階:その動きそのものに直接の感情や行為が含まれていなくても意味がある。たとえば「手を差し出す=共有」。人間の赤ちゃんも9~12か月でこの段階に入ります。
・抽象記号の段階:“雨”を表すために、降っていないのに「雨の形」を作る。ここで記号は世界から独立しはじめます。この“記号の独立性”が、後に文法を呼び寄せます。
象徴化は、他者との協働つまり共同注意(joint attention)を前提に進化したという説が有力です。共同注意とは「相手が何を見ているのかを自分も見る」能力。これが「記号を共有」するための初期装置になります。これは「ナラティブの理解」につながる現象で、重要な視点です。
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