Nashville(ナッシュビル)


十三夜の月のイラスト

テネシー州にはもう1つ音楽の聖地があります。ナッシュビルです。個人的な趣味ですが、カントリ&ウエスタンの大好きな人間にとって、グランドオールオプリという番組の聖地なのです。『グランドオールオプリ』 (Grand Ole Opry) は、テネシー州ナッシュビルのラジオ局WSMの毎週土曜夜のカントリミュージックの公開ライブ放送のラジオ番組であり、グレート・アメリカン・カントリ(GAC)ネットワークでTV放送化された番組です。1925年11月28日からWSMで放送開始され、現在でも続いているアメリカ最古の番組です。カントリミュージック、およびその歴史を存続させるため、オプリではカントリ、ブルーグラス、フォークソング、ゴスペルの巨匠や現代のヒットチャートに入っている者を取り混ぜ、コメディ、寸劇などのパフォーマンスも行ないます。アメリカのアイコンと考えられており、世界中から何十万もの観客が集まり、何百万もの人々がラジオやインターネットで聴いているとされています。

訪れた日は土曜日でなかったので、会場を見るだけでしたが、それでも観光客のために、録音が流されていたり、スクエアダンスが披露されていました。特集を集めたレコードやCDも発売されており、日本ではなかなか入手できないものなので、現地で、とくに昔の録音のものを何枚も買いました。ここの舞台に立つことが有名歌手の証でもあり、ハンク・ウィリアムズ、パッツィ・クライン、ロイ・エイカフ、カーター・ファミリー、ビル・モンロー、ミニー・パールなどが日本のファンにも知られています。ブルーグラスのビル・モンローは来日も数回あり、日本公演の時、レコードにサインをもらったのが今でも自慢です。1954年10月2日、まだ10代のエルヴィス・プレスリーがショーに最初で唯一の出演を果たしました。「ケンタッキーの青い月」を、その曲の作曲者で当時レギュラー出演者だったビル・モンローの前で演奏しました。モンローはそのアレンジに怒り出すとプレスリーは思ったのですが、逆に感心された、という逸話が残っています。

1960年代、ヒッピー反体制文化が広がりましたが、オプリは長髪を受け入れない保守的で道徳的な立場を保持していました。長年、グランドオールオプリへの出演はカントリ音楽のスターへの道と考えられていましたが、1970年代終わりと1980年代前半には、かつてのスターしか出演しなくなったため、「古くさいお遊び」として見放されるようになりました。特にドラムとエレキ楽器の使用がされなかったという点では、新しくて若いカントリーロックのアーティストは出演できませんでした。保守的なカントリ音楽の伝統を守っていることで、オプリは長年続けることができたとも言えます。日本人では大野義夫という「ドリフターズ」のメンバーが出演しています。現在、ドリフターズといえば、あの「ドリフ」ですが、前身はカントリ・バンドでした。晩年まで「大野義夫&カントリーメイツ」を率いてライブ・コンサート・ディナーショーなどを行っていて、なぎら健壱や寺本圭一と親交が深く、元メンバーではジャイアント吉田、高木ブーと親交があったそうです。

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