Oklahoma City(オクラホマシティ)まで
オクラホマシティから、またルート66のルートに戻ります。OKCも典型的な中西部の都市で、正直、日本人にはあまり観光する所はありません。農業が中心で、気候も温暖、住みやすいのですが、大都会のような刺激はないので、退屈するかもしれません。ここは例によって、市内には入らず、高速道路近くのモーテルに宿泊、先を急ぎました。 セントルイスからオクラホマシティに向かう途中、Onyx Caveという有名な観光地が・・・
Louisville(ルイビル)でpumpkin
インディアナポリスからセントルイスに向かう途中、往路で立ち寄ったルイビルを通過しました。とくに寄る予定はなかったのですが、高速道路を走っていたら、大きなカボチャがズラリと並んでいる市場があり、あまりの光景に高速を降りて市場に行きました。折しもすでに10月に入っており、ハロウインに使うカボチャが市に出ていたのです。付近の農場から集められたもので、巨大なものから、普通サイズまで、すべてがオレンジ色のカ・・・
Indianapolis-St.Louis(インディアナポリス-セントルイス)
ナイアガラの滝の後は、LAへの長い帰り道です。往路はルート66に近いI-40でナッシュビルまで行き、そこからルイビルに北上するルートでしたが、帰路は再びI-40に戻るため、バッファローから五大湖の1つ、エリー湖沿いに南下します。そしてクリーブランドから、さらに南下して、コロンバスから西にインディアナポリスを目指します。インディアナポリスはIndy500という自動車レースで有名ですが、典型的な中西部・・・
Niagara Falls(ナイアガラの滝)
NTIDでは若い日系の研究者や、あのウッドワードにも偶然会いました。また日本から多くの見学者がやってきているという話も聞きました。日本がどうやら、ここをモデルにした聾教育機関を作ろうとしていることは推測できました。それにしても、毎年、大勢の英語の話せないスーツを着た人がやってきて、パンフレットをもらって、写真を撮って帰るのは不思議だったようです。普通なら、私のようにインタビューするからです。最初は・・・
手話研究の星9 フィッシャー(Susan D. Fischer)
NTIDでは、日本でも有名になったスーザン・フィッシャーに会いました。スーザンとは、その後もあちこちで出会うことになり、その都度、親しく挨拶することになるのですが、親しくなった理由の1つが、彼女の夫が黒田茂幸先生という日本人の言語学者であることも関係しています。黒田茂幸先生は生成文法の枠組みで日本語を研究した博士論文の提出者としては、井上和子先生につづく二人目で、Generative gramma・・・
手話研究の星8 スパラ&ニューポート(Supalla & Newport)
ロチェスター大学には、聾者の研究者として著名なテッド・スパラがいるので、事前に予約して面談しました。CLに関する論文は読んでいたので、詳しく討議したいと思っていたのですが、通訳してくれたのが共著者のニューポートであることを現場で知り、大いに驚きました。二人はパートナー、日本風にいえば別姓の夫婦です。共著者だけあって、討論もスムーズでした。スパラ(聾)&ニューポート(聴)の共著論文は初期の手話学にお・・・
Rochester (ロチェスター)
手話学研究旅行の最後の目的地はロチェスターです。日本から観光に行く人は少ないと思いますが、ロチェスター大学は連邦からの支援だけでなく、コダックや医療のボシュロムなどの大企業があり、今も半導体やエレクトロニクスの会社があって、そこからの支援もある裕福な大学です。そしてRochester Institute of Technology という工科大学の中にNational Technical Inst・・・
Newyork (ニューヨーク)
ギャロデット大学での対談は予想以上に成果がありました。DCにはいろいろな観光地があるのですが、私はギャロデットに入り浸っていたので、家族をスミソニアン博物館などの観光地に送っていって、また迎えに行く、という日程でしたから、入口しか見ていません。いつか観光したいと思っています。 留学ではないので、旅行を続けることになります。次の目的地はニューヨークです。ニューヨークには学生時代からの友達が赴任してい・・・
手話研究の星7 リデル(Scott Liddel)
同じハウスの1階と2階に研究室があったコーネットとストーキーとの対話を終え、心の深い部分に重いものが残ったのを覚えています。そして気分を切り替えて、翌日、言語学部に出向き、リデルとジョンソンと対談しました。ジョンソンは事務に忙しいということで挨拶のみで、リデルとは長く対談しました。彼は数学者から転身した人で、見るからに頭のよさそうで、快活な印象でした。会うやいなや、「今井先生を知っているか」と聞か・・・
コーネットとキュードスピーチ
ストーキーとの対話は1時間では足りないほどでしたが、次の予定もあって、その日は終わりました。次の予定はコーネット(Orin Cornett)です。日本では聾教育者という扱いですが、本当は物理学者です。キュードスピーチは日本では「キューサイン」と改称され、今でも一部の聾学校では使用されています。聾教育は聴覚障害児への国語教育であり、国語を獲得することがその後の教育につながるという思想は今も世界で共有・・・
手話研究の星6 ストーキー(William C. Stokoe) ⑤
ストーキーからは手話学以外に言語学者として、言語起源論についての彼の持論を聞きました。当時、言語起源論は言語学ではタブーとされている話題でした。諸説が入り乱れ、証拠がなかなかない推論ばかりなので、科学の一翼である言語学としては当面封印しようというのが学会の結論でした。ところが長い封印時代を経て、現在、また新たな視点と証拠をもって言語起源論が提唱されるようになりました。そしてストーキーが主張していた・・・
手話研究の星6 ストーキー(William C. Stokoe) ④
ストーキーとの対談での次のテーマは、彼の表記記号が音素ではない、という点でした。発見の手順が音素とほぼ同じなのに、記号が意味的な要素がある点が矛盾していないか、という点です。構造言語学でも、「音素は意味をもたない」ことが条件です。意味の最小単位は「形態素」であり、「音素が形態素を構成し、形態素が語を形成する」という二重分節は言語の必須条件と考えられていたからです。彼が提唱したchereme(動素と・・・
手話研究の星6 ストーキー(William C. Stokoe) ③
ストーキーが発明した手話記述法(ストーキー法)は記号が独特であること、タイプライタで打てないこと、つまり全部手書きであることから、「面倒である」ことが不評でした。今なら簡単に外字フォントで対応できますが(実際、あります)、当時はすべて手書きを画像化するしかないので、辞書作りも大変でした。そしてアルファベットのような順序もないので、読み解くにはいちいち裏表紙にある凡例を見ながら、理解しなくてはなりま・・・
手話研究の星6 ストーキー(William C. Stokoe) ②
ストーキーとのインタビューには1時間をいただけました。直接の対談時間に1時間というのは異例だと思います。おかげで、かなり突っ込んだ議論ができました。まず、最初に彼の代表作である「アメリカ手話辞典」(通称DASL)にサインしてもらいました。これは私にとって宝物です。最初に聞いたのは、「なぜ手話研究を始めたのか」という定番の質問です。彼はバグパイプの逸話から始め、英語教師として赴任したこと、手話を学ん・・・
手話研究の星6 ストーキー(William C. Stokoe) ①
ギャロデット大学のゲストハウスに滞在中、たまたま娘の誕生日があり、これもたまたまギャロデットに来ていたウッドワードが誕生日を覚えていてくれて、会いに来てくれました。ゲストハウスについて、彼は初めて入ったそうで、そういう建物があることも知らなかったと言ってました。アメリカの大学は広く、一軒家のような建物が散在しているのと、職員専用食堂とか、牧師館とか、一般学生が知らない建物が多く存在します。そういう・・・



















