手話研究の星9 アーシュラ・ベルージ(Ursula Bellugi)


十三夜の月のイラスト

ベルージはストーキーと並ぶアメリカ手話学の2大巨頭といえます。ストーキーは弟子が少なく、ウッドワード以外にあまり思い浮かばないのですが、ベルージの指導を受けた手話学者は大勢います。フィッシャーもその一人です。ベルージは私の訪問時、ソーク研究所(Salk Institute)の部長(Director)という肩書でしたから、相当偉い人でした。ソーク研究所というのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校のキャンパスの隣に位置していて、研究者の数が1000人にも満たない小規模の研究所ですが、常に研究論文の引用度は世界でも一、二を争うレベルです。教授陣は各研究分野の先端を走っていて、ノーベル賞学者もいます。実際、訪問してみると、大学の一部というような感じで、日本から見れば、立派な研究所ですが、アメリカで比べると小規模、ということになります。では、アメリカの大規模研究所はどれだけ大きいのだ、ということになります。

日本で、1000人以上いるのは、理化学研究所、産業技術総合研究所くらいしか思い浮かばず、あとは科学技術研究機構などの政府の機構でしょう。東京大学生産技術研究所ですら、その規模に届きません。日本の科学研究が到底アメリカに及ぶはずがないのは、数だけ見てもわかります。

ベルージは部長職ということなので、1部門を運営していたわけです。実際、私の訪問時にも全米から手話研究者を集めた小規模の会議が開かれていました。そこには参加できませんでしたが、配布資料は「Your Eyes Only」(配布不可)と書かれていました。それを訪問者にくれたのは、「開かれた組織」であることをアピールしていたのだと思います。

ベルージの最大の業績は「アメリカ手話は屈折語である」という見解を示したことです。それまでは手話は孤立語である、という見解が中心でした。膠着語である日本語話者の私にとっては、それほど驚くことではなかったのですが、英語などの印欧語の話者にとって、屈折があるのが普通であり、手話には屈折がないということが、手話は言語でない、という偏見につながっていた、という背景がありました。手話の屈折の例としては、日本手話にも同じような現象が見られる「MEET」という動詞が空間上の配置で、格変化する現象です。MEETは日本手話の「会う」と同じ活用(屈折)をします。

日本でも日本語対応手話だけを見ていると、動詞の活用がないので、孤立語のように感じます。孤立語というのは中国語のように、漢字が単語になっていて、単語の語順で文法を表示するタイプの言語です。日本語対応手話が漢文のようだ、というとわかりやすいでしょうか。漢文がよく理解されていた明治時代に日本語対応手話があれば、きっとそういう指摘をした人がいたに違いありません。当時は「手真似」であって、身振りだと考えられていたのと、日本語対応手話がまだ発生していなかったので、そういう指摘はありませんでした。日本語対応手話は孤立語的な要素もありますが、助詞を指文字で表すので、膠着語的な要素もあります。現代では、手話の言語タイプは手話によって異なることがわかってきています。

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