日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第5回(続々) 元禄文化とニューイングランド

― 江戸の町人文化と、北米植民地の「知の社会」 ―
・しかし「自由な社会」だったわけではない
ここで注意が必要です。ニューイングランドは、後のアメリカで「自由」や「民主主義」の象徴として語られることがあります。しかし、17世紀のニューイングランド社会が現代の意味で自由だったわけではありません。ピューリタン社会では宗教的規律が非常に厳しく、異なる信仰を持つ人々が迫害されることもありました。例えば、ロジャー・ウィリアムズは宗教と政治を分離すべきだと主張し、マサチューセッツから追放されます。その後、彼は現在のロードアイランド州にプロビデンスを築き、宗教の自由を重視する社会を作りました。また、アン・ハッチンソンも宗教的な考え方をめぐって追放されました。つまり北米植民地社会では、「自由を求める思想」と「共同体の規律」が常に緊張関係にあったのです。この矛盾は、後のアメリカ史でも繰り返し現れます。
・江戸の文化とニューイングランドの文化
ここで両者を比較してみましょう。
江戸時代の日本は、長い平和、都市人口の増加、商業の発展、出版文化、芝居・浮世絵、旅行文化、寺子屋教育、身分制度
ニューイングランドは、植民地社会の安定、港町の発展、商業の成長、印刷文化、教会中心の社会、学校教育、高等教育、宗教的規律
どちらも社会が安定するにつれて、文化と教育が発達しています。しかし、文化の方向性は違いました。江戸では、「人生を楽しむ文化」が大きく花開きます。ニューイングランドでは、「信仰と知識を深める文化」が強く発達しました。
もちろん日本にも宗教的な文化があり、ニューイングランドにも娯楽や商業がありました。しかし、社会の中心に置かれた価値観には大きな違いがあったのです。
・そして「新聞」が政治を変える
18世紀に入ると、北米では新聞が急速に発達します。新聞は単なるニュースの媒体ではありませんでした。植民地の人々が、「隣の植民地で何が起きているのか」「イギリス本国では何が議論されているのか」「税金についてどう考えるべきか」を知るための重要な手段になりました。後にベンジャミン・フランクリンらが活躍する出版・新聞文化は、植民地間の情報共有を促進します。これが、やがて「自分たちは同じ植民地人である」という意識につながっていきます。つまり、印刷文化は後のアメリカ独立革命を準備する土台の一つになったのです。
・日本の出版文化は政治をどう変えたのか
では、日本の出版文化は政治にどのような影響を与えたのでしょうか。江戸時代の出版物は、政治批判を直接目的としたものばかりではありません。むしろ、文化、娯楽、教養、実用といった分野が中心でした。しかし、情報が全国に広がることで、人々の知識や価値観は大きく変化します。全国の名所を知る、新しい医学を知る、農業技術を知る、異国の情報を知る。つまり出版文化は、江戸時代の人々に「自分の住む地域よりも広い世界」を意識させる役割を果たしました。これは幕末に大きな意味を持つことになります。
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