日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第5回(続) 元禄文化とニューイングランド

― 江戸の町人文化と、北米植民地の「知の社会」 ―
・その頃、ニューイングランドでは何が起きていたのか
同じ17世紀後半、北米のニューイングランドでも社会が成熟し始めていました。特に現在のマサチューセッツ州周辺では、ボストンを中心に都市社会が形成されます。ただし、日本の江戸とは社会の成り立ちが大きく違いました。ニューイングランド社会を作った中心的な集団の一つがピューリタンです。彼らは宗教的な信念を非常に重視しました。聖書を読み、自分で信仰を考え、共同体の規則を守る。そのため、「文字を読めること」が非常に重要でした。
・なぜニューイングランドでは教育が重視されたのか
ここが日本との大きな比較ポイントです。江戸時代の日本でも教育は盛んでした。寺子屋では、庶民の子どもたちが読み書きや計算を学びました。武士の子どもは藩校などで教育を受けます。つまり、江戸時代の日本は決して「教育が遅れた社会」ではありません。むしろ識字率は世界的に見ても高い水準にありました。
一方、ニューイングランドでは「聖書を自分で読む」という宗教的な目的が教育を強く後押ししました。1647年、マサチューセッツ湾植民地では、一定規模以上の町に学校を設けることを求める法律が制定されます。これにより、学校教育が植民地社会の重要な制度として位置づけられていきました。
・ハーバード大学はなぜ生まれたのか
さらに驚くべきことがあります。1636年。日本では三代将軍徳川家光の時代。鎖国体制が整えられていく頃です。その頃、ニューイングランドではハーバード大学の前身となる教育機関が設立されました。目的の一つは、牧師を育てることでした。ピューリタン社会では、宗教指導者に高度な教育が必要だったからです。つまり、日本で幕府が政治秩序を整えていた頃、北米では植民地社会が自分たちの宗教と教育を維持するための高等教育機関を作っていたのです。現在のハーバード大学が世界有数の大学になっていることを考えると、これは非常に興味深い歴史の出発点です。
・日本の寺子屋とアメリカの学校
日本とニューイングランドを比較すると、面白い共通点があります。どちらも、「社会を維持するためには、文字を読める人が必要だ」と考えていました。日本では、商売や日常生活に読み書きが必要でした。帳簿をつける、手紙を書く、契約書を読む、商品の値段を計算する。そのため町人や農民にも教育が広がります。
ニューイングランドでは、聖書を読むことが重要でした。さらに商業や行政にも読み書きが必要です。そのため教育が広がっていきました。目的は違っていても、「読み書きのできる一般の人々が増える」という結果は共通していました。
・印刷文化という共通点
もう一つの共通点が「印刷」です。江戸時代の日本では木版印刷が発達し、多くの本が出版されました。浮世草子、俳諧集、旅行案内、料理本、医学書、教科書、庶民向けの娯楽本などです。本は一部の知識人だけのものではなくなっていきました。
一方、ニューイングランドでも印刷機が導入され、宗教書やパンフレット、新聞などが出版されました。1638年には、北米植民地で初めての印刷機がケンブリッジに設置されます。そして1640年には、北米で最初の本格的な印刷本とされる『ベイ・プサルム・ブック』が出版されました。聖書や詩篇を印刷し、人々が読む。これがニューイングランド社会の重要な文化となります。
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