日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第6回 吉宗の改革と十三植民地の発展(4)

十三夜の月のイラスト

― 江戸の財政再建と、大西洋を渡って成長する北米 ―

吉宗と北米植民地の「経済問題」

ところが、両者が抱えていた問題は違いました。吉宗の問題は、「幕府の支出が多く、収入が追いつかない」ことでした。そこで、年貢、新田開発、倹約、大名からの上納、財政改革などによって幕府の財政を立て直そうとしました。

一方、北米植民地では、「経済は成長しているのに、本国の規制が強い」という問題が次第に大きくなっていきます。これは非常に重要な違いです。日本では「政府の財政」が問題。北米では「政府と経済活動の関係」が問題になっていったのです。

「自由な商売」という感覚

北米植民地では、商人や農民が自分たちで経済活動を行う経験が積み重なっていました。もちろん奴隷制度や先住民族への土地侵害が存在したため、「自由な経済社会」と単純に評価することはできません。しかし、植民地政府や町の自治を経験する中で、「自分たちのことは自分たちで決めたい」という意識が徐々に強まっていきました。そして18世紀後半、イギリスが植民地に新しい税を課したとき、この意識が政治問題へと変化します。

そしてフレンチ・インディアン戦争が始まる

1754年、北米でイギリスとフランスの対立が激化します。オハイオ川流域の土地をめぐる争いです。この戦争は後に「フレンチ・インディアン戦争」と呼ばれます。若きジョージ・ワシントンも、この戦争の初期に軍人として参加しました。戦争はヨーロッパにも広がり、七年戦争へ発展します。

1763年、イギリスが勝利。フランスは北米の主要な領土を失います。イギリスは北米で圧倒的な優位を手にしました。しかし、ここから歴史は意外な方向へ進みます。

勝利したイギリスが、植民地と対立する

戦争に勝ったイギリスは、大きな問題を抱えていました。莫大な戦費です。そこでイギリス政府は、「北米植民地を守るためにも戦ったのだから、その費用を植民地にも負担してもらおう」と考えます。

1765年、印紙法が制定されます。新聞、契約書などに税をかける制度でした。植民地側は激しく反発します。そして有名な言葉が登場します。

「代表なくして課税なし」

これは単なる税金への不満ではありません。「自分たちの代表がいない議会に、なぜ税金を決める権利があるのか」という政治思想でした。

日本では「享保」、北米では「独立への準備」

18世紀前半から半ばにかけて、日本と北米はそれぞれ経済を発展させました。日本では、吉宗の改革 → 国内市場の発展 → 商人の台頭という流れがありました。北米では、人口増加 → 農業・商業の発展 → 植民地間交易 → 自治意識の成長という流れがありました。

両者とも経済は成長しました。しかし、成長した経済と政治制度の関係が違いました。

日本では、商人の力が増しても、政治の中心は幕府と大名でした。

北米では、経済的に成長した植民地住民が、次第に「政治的にも自分たちの意思を反映させたい」と考えるようになります。この違いが、やがて大きな歴史の分岐点になります。

2026年9月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

コメントを残す