日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第8回(2) アメリカ独立 日本は田沼から寛政へ

十三夜の月のイラスト

― 独立宣言と寛政の改革、二つの社会が「政治の立て直し」に向き合った時代 ―

・フランスがアメリカを支援する

サラトガの勝利を受け、フランスはアメリカ側を正式に支援します。フランスにとっては、イギリスに対する復讐の意味もありました。フレンチ・インディアン戦争で失った北米の領土を取り戻すことはできませんでしたが、イギリスを弱体化させる絶好の機会でした。フランクリンはフランスへ渡り、外交活動を行います。フランスから武器、資金、兵士、そして海軍の支援が送られます。スペインもイギリスと戦うようになり、戦争は国際戦争へと広がります。

1781年、ヨークタウン戦争の決定的な場面は1781年に訪れます。

・バージニア州ヨークタウン。

イギリス軍のコーンウォリス将軍が率いる部隊を、ワシントン率いるアメリカ軍とフランス軍が包囲しました。さらにフランス海軍がチェサピーク湾を封鎖します。陸も海も封鎖されたコーンウォリスは降伏しました。これによってイギリス国内で戦争継続への支持が失われ、和平交渉が始まります。

1783年、パリ条約によってイギリスはアメリカ合衆国の独立を正式に承認しました。

・1783年、日本では何が起きていたか

ここで日本へ戻りましょう。

1783年、日本では浅間山が大噴火しました。火山灰は広範囲に降り、農作物に大きな被害を与えました。

同じ年、アメリカでは独立戦争が終わり、新国家が誕生した。日本では天明の大飢饉が深刻化していた。世界の同じ年に、これほど異なる出来事が起きていたのです。しかも、この両方が「社会の仕組み」を変えていくことになります。

・アメリカは「新しい国」をどう作るか

独立したアメリカにも問題がありました。十三州はそれぞれ強い自治権を持っています。中央政府は弱い。戦争で借金も増えています。州同士の利害も対立します。そこで1787年、フィラデルフィアで憲法制定会議が開かれます。ジョージ・ワシントン。ジェームズ・マディソン。ベンジャミン・フランクリン。アレクサンダー・ハミルトン。こうした「建国の父たち」が集まり、新しい国家の政治制度を議論しました。ここで作られたのが合衆国憲法です。

・日本では「古い制度を守りながら改革する」

同じ1780年代後半、日本では松平定信が寛政の改革を進めていました。

アメリカが、「新しい憲法を作る」のに対して、日本は、「既存の幕府制度を立て直す」ことを目指していました。どちらも社会不安に対応しようとしていました。しかし、解決方法は正反対です。アメリカは制度そのものを作り直しました。日本は制度を維持したまま、政策を修正しました。

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