日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第10回(1) 黒船が来た!

十三夜の月のイラスト

― ペリー来航と、アメリカ西部開拓の歴史 ―

1853年7月8日、江戸湾の入口に近い浦賀沖に、4隻の巨大な船が姿を現しました。艦隊を率いていたのは、アメリカ海軍のマシュー・ペリー提督です。煙を吐きながら進む蒸気船。大量の大砲。それまで日本人がほとんど見たことのなかった巨大な西洋船。人々はそれを「黒船」と呼びました。日本史では、ペリー来航は幕末の始まりを告げる出来事として知られています。しかし、この出来事を日本側だけから見ると、なぜアメリカが突然日本へやって来たのかが分かりません。実はペリーの来航は、1607年のジェームズタウン建設から始まった北米の歴史の延長線上にありました。アメリカは約250年かけて、大西洋岸から太平洋岸へ進んでいたのです。そして、その先に日本がありました。

・アメリカは最初から太平洋国家だったわけではない

1607年にジェームズタウンが建設された頃、イギリス人植民者にとって世界の中心は大西洋でした。ヨーロッパから船で大西洋を渡り、北米へ移住する。そして大西洋を通じてヨーロッパと交易する。北米の植民地社会は、この大西洋世界の一部として発展しました。しかし、独立後のアメリカは次第に西へ向かいます。1783年に独立を達成した時点でも、アメリカの中心は東海岸でした。しかし、その西側には広大な土地が広がっていました。アメリカ人の間には、「西へ行けば、さらに土地がある」という強い意識が生まれていきます。

・ルイジアナ購入で国土が一気に広がる

その転機の一つが1803年です。アメリカはフランスから広大なルイジアナ地域を購入しました。これによって、アメリカの領土は一気に拡大します。しかし、そこにはまだヨーロッパ系アメリカ人にとって未知の地域が広がっていました。そこで、トーマス・ジェファソン大統領は探検隊を送り出します。中心となったのがメリウェザー・ルイスとウィリアム・クラークです。1804年に出発した探検隊は、ミズーリ川を上流へ進み、ロッキー山脈を越え、太平洋岸まで到達しました。この探検は、アメリカ人に「大陸の向こう側」を具体的に意識させることになります。アメリカはまだ太平洋国家ではありません。しかし、その視線はすでに太平洋へ向かっていたのです。

・「西へ」の先にカリフォルニアがあった

19世紀前半、アメリカでは西部への移住が急速に進みます。オレゴン。カリフォルニア。ロッキー山脈。太平洋岸。これらの地域は、次第にアメリカ人の関心の対象となりました。

1846年から1848年にかけて行われた米墨戦争の結果、アメリカは広大な領土を獲得します。カリフォルニア、ニューメキシコなど、現在のアメリカ西部の大部分がアメリカ領となりました。そして1848年には、カリフォルニアで金が発見されます。いわゆる「ゴールドラッシュ」です。世界各地から人々がカリフォルニアへ押し寄せました。サンフランシスコは急速に発展します。ここでアメリカは、ついに本格的な太平洋国家になりました。

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