日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第10回(2) 黒船が来た!

十三夜の月のイラスト

― ペリー来航と、アメリカ西部開拓の歴史 ―

・太平洋の向こうには日本がある

ところが、太平洋へ出たアメリカ人が次に必要としたものがあります。それは、太平洋を横断する航路でした。カリフォルニアからさらに西へ進めば、アジアがあります。中国。日本。そして東アジアの巨大な市場です。アメリカにとって太平洋は、もはや「世界の端」ではありません。新しい商業圏への入口になったのです。ここで日本の存在が重要になります。

・捕鯨船が日本近海へ

実は、ペリー来航よりはるか前から、アメリカ船は日本近海を航行していました。その大きな理由が捕鯨です。19世紀前半、アメリカでは捕鯨産業が盛んでした。特にマサチューセッツ州のニューベッドフォードやナンタケットなどは、捕鯨船の拠点として栄えました。捕鯨船は大西洋を越え、南米沖を回り、太平洋へ進みます。そして日本近海にも姿を現すようになりました。当時、鯨油はランプの燃料として重要でした。工業化が進む欧米社会では、大量の鯨油が必要とされていました。そのため捕鯨船は、何年にもわたって世界の海を航海しました。日本の近海は、こうしたアメリカ捕鯨船の活動海域の一つになっていたのです。

・日本に漂着する外国船

しかし、外国船が日本近海を航行することには危険もありました。船が遭難すれば、日本沿岸へ漂着する可能性があります。江戸時代、日本には外国船への対応を定めた制度がありました。しかし、外国人船員にとっては、日本へ漂着しても自由に上陸できない場合がありました。食料や水を求めても、必ずしも簡単には補給できません。そこでアメリカ側では、「日本と正式な交渉をして、補給できる港を確保したい」という要求が強まっていきます。ペリー来航には、このような実際的な事情もありました。

・なぜ「開国」を求めたのか

ペリーの目的は、単純に日本を征服することではありません。主な目的の一つは、アメリカ船への補給、漂流民の保護、太平洋航路の確保、日本との通商関係などでした。特に重要だったのが、捕鯨船や商船の安全です。さらに、カリフォルニアを獲得したアメリカにとって、太平洋を横断する航路は国家的な意味を持つようになっていました。そのため、日本との関係を確立する必要が高まったのです。

・ペリーはなぜ「蒸気船」で来たのか

ペリー艦隊を象徴するのが蒸気船です。当時、蒸気船はまだ新しい技術でした。帆船とは違い、風向きに左右されずに航行できます。日本人から見ると、黒い船体から煙を吐きながら進むその姿は、まるで巨大な怪物のように見えたでしょう。しかし、アメリカ側にとっては、蒸気船こそ太平洋を支配するための新しい技術でした。軍艦の蒸気化は、世界の海軍力を大きく変えつつありました。日本が黒船を見て驚いたのは、単に船が大きかったからではありません。そこには、「産業革命によって生まれた新しい軍事技術」があったのです。

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