直接法の語学
外国語教育の最も単純な方法が直接法direct methodと呼ばれている方法です。名前はいかめしいのですが、実際に一番よく使われている方法です。たとえば、外国人に、ドラ焼きを見せながら「どらやき」と教える方法です。目の前に現物があるので、一番印象に残りやすいのです。語学というと、教室で習うもの、という固定観念が強いのですが、これも立派な語学です。一緒に料理をしながら、ひとつひとつ名前を教えてもらうと、覚えやすいものです。もっともあまりにたくさんの名前を一度には覚えられませんから、メモに書いたりします。そのメモが記録となります。この記録を集めたものが辞書です。辞書というのは本屋で買うものだけでなく、自分用の辞書があってもよいわけです。この辞書は自分流に書いた発音と意味がセットになっています。意味の方は自分の言語で記述することもありますし、絵で書くこともかまわないのです。正確にはこれらは辞書dictionaryとは呼ばず、語彙集glossaryといいますが、一般的に辞書といいます。
発音については、発話者は口語のまま、弱形で話しますから、教科書で習うような強形ではないことが重要です。たとえば日本人が「そうじゃねえ」と言った場合、それを聞いた英人が「sohzyaneh」と書き留めて、wrongという意味の語彙を作ったとします。次に似たような状況の時、その語彙集を見て、ソージャネーと多少訛った発音で言ってもほぼ通じます。ただしwrong英語の用法はいろいろあり、I was wrong.を「ワタシ・ソージャネー」と言うとおかしな日本語になります。つまり単語同士は1対1で対応しておらず、語句になったり、文になると別の規則が関係してきます。それが文法というわけです。この文法をどうやって学ぶか、がかなかなか大変です。直接法の延長として、単語学習から文学習、つまり、文章ごと覚えるという方法もあります。「ありがとう」や「すみません」のような一語文なら可能ですが、「六本木までどうやったら行けますか」のような長い文章や目的地を入れ替えて使うような文のパタンは、直接法の経験だけではなかなか獲得できません。いわゆる「用例」をまとめておく「例文集」が必要になります。日常会話のレベルにまで拡げようとすれば、直接法だとかなり長い年限を必要とします。それも会話だけです。ある程度会話ができるようになったら、文字学習が必要になってきます。その時はその言語の文語を学習することになるので、その国の初等教育のようなものが必要になります。
例外的なのが日本の漫画です。絵が状況を精密に表現してあり、登場者の発話が吹き出しの中に文字で書かれています。もしそこに声優による音声が付加されているテレビアニメになっていれば、直接法による語学でも、かなりのレベルにまで達することが予想されます。さらには歌というリズムがある場合は学習が容易になります。近年、日本に来る外国人がアニメの歌やセリフを知っており、日常会話も可能な人が増えているのは、こうした理由によります。直接法はメディアの利用法や工夫次第で効果があることが、結果的に立証されたといえます。
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