やまとことば④ こと2
①その人・物事に関連する事柄を表す用法には、「仕事のことで悩んでいます」のような表現があり、これは「仕事について悩んでいます」と言い換えられます。あるいは「仕事上のことで悩んでいます」とも言えます。これはたとえば、会計担当者の人が、会計担当であることに悩んでいるのではなく、ある事案の内容について悩んでいることを表します。こういう相談を受けた時、「そんなら、その仕事辞めたら?」というのは本質ではないので、正しいアドバイスではないのですが、現代は転職という結論に短絡的に結びつける傾向が見られます。論理が飛躍していることに気が付かない、あるいは転職業者の宣伝に載せられている、といえそうです。コトが「関連している事柄」であることを認識できれば、解決の方法も変わってきます。①の定義には「物事」や「事柄」という語が使われており、どちらもコトの派生形です。モノゴト、コトガラと書けばわかります。言い換えると、コトを定義するコトはむずかしいのです。定義にはコトバが使われますが、これも言葉つまりコトノハが語源であり、コトという語の根はかなり深いわけです。こういうヤマトコトバの意味は母語話者でないと、なかなか理解できないものです。根が深い分、いつまでも使用され、なくなることはありません。むしろ無しで済ませようとすると、不可能に近いです。これがヤマトコトバの本質でしょう。
②形式名詞の用法も頻繁に用いられます。古典の名作「徒然草」の序文に「つれづれなるままに、日暮らし、硯(すずり)に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」とありますが、「よしなしごと」は形式名詞のコトです。現代語訳では「他愛のない事柄」となっています。形式名詞とは名詞としての実質的な意義がなく、文法的な機能だけをもっていて、コトがついた前の部分をひとまとまりの名詞にすることができます。「今言ったことは内緒にしてくださいね」という場合、コトは言った内容です。この用法はたくさんの例があり、「仕事」は元来は「する+こと」だったのが、「し+ごと」となり、今では1語になっていて、コトであるニュアンスさえ消えています。似たような語には出来事の他、行事、火事、神事、悪事など言い換えがなかなか思い浮かばない漢語がたくさんあります。これらの漢字語は日本で創作された「和製漢語」ですが、中国には存在していないか、存在していても意味が異なるため、日本語の語彙といえます。どの言語にも、語彙を創造していく仕組みがあり、つねに語彙は増えていくのですが、日本語の場合、ヤマトコトバの語彙に漢字を組み込むことで造語を容易にしたといえます。また近代のようにカタカナで欧米の言語を借用しつつ、新たな語彙を創造していった「和製英語」も急増しています。近年はアルファベットも使われるようになったので、造語方法が多様になり、さらに語彙が増大する可能性があります。まだアルファベットに漢字を組み合わせる例は少ないですが、今後はわかりません。
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