手話の雑学95

手話の語彙や意味の体系は、音声言語の分析枠組みだけでは十分に説明できません。というより、音声言語が“聞こえること”を前提に発達した記号体系であるのに対し、手話は“見ること・身体で感じること”を前提に成立した言語なので、語の作られ方も、意味のまとまり方も、異なるルールで動いています。ここでは、手話語彙が「身体性」「空間性」「認知メタファー」を土台としてどのように構築されているのかを、具体的に説明してみます。
■ 1. 身体性(embodiment):身体の経験が語の意味を形づくる
手話語彙の多くは、身体が世界とどう関わるかという経験に根ざしています。たとえば、日本手話の「わかる」は、額のあたりを軽く動かして示す形が多く使われます。この動作は、「知識が頭に入る」「理解が内部に落ちる」という身体感覚と連動しています。逆に「わからない」は、手が外へ開いたり、上方向に動いたりする形が見られます。これは、「頭に入らない」「散る」「把握できない」など、理解が“自分の中に収まらない”という身体感覚をうつしたものです。
つまり、
・理解=取り込む
・不理解=こぼれる/外へ逃げる
という身体感覚が、そのまま語彙の形になるのです。音声言語では形と意味の結びつきが薄まりやすいのに対し、手話では身体経験が意味の動機づけ(motivation)として強く残るため、語彙体系が身体性に深く支えられています。
■ 2. 空間性(spatiality):空間が文法と語彙の意味ネットワークを支える
手話では、語彙の意味は“その語をどこで、どのように空間に置くか”によって決まることがあります。
たとえば、
・人物Aを空間上の右側に配置
・人物Bを左側に配置
・「渡す」の動きを A → B にする
これだけで、「AがBに渡す」という文になります。
ここで重要なのは、語彙そのものの意味が、空間上の位置や方向と結びついて構成されているという点です。
また、「否定」の概念が上方向(遠ざかる・外へ出る)と結びつく例や、「存在」が下方向(安定・内在)と結びつく例もあります。空間の方向づけは、そのまま意味の分類体系(semantic categorization)として働き、語彙間の関係性を立体的に整理する枠組みになります。音声言語の辞書のように語が“横並びに並ぶ”のではなく、空間にマッピングされることで意味体系が構造化されるのです。
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