手話の雑学99

これまでの長い議論をまとめると、手話は「身体で考える言語」という比喩ができると思います。
ご紹介した手話の語彙例から見えるのは、次の三点です。
・身体の動き・位置・感覚がそのまま語の意味の土台になる
・空間が意味分類・対義・文法関係を組織する
・抽象概念は身体経験から導かれるメタファーで体系化される
音声言語で見えにくい「意味の成立プロセス」が、手話では視覚的に「見える」のです。いわば「意味が視覚化されている」といえるのです。音声言語では、音声そのものが意味を表しているのはオノマトペであり、抽象的なレベルで音象徴という現象があるにすぎません。しかし手話は言語の形そのものが意味をはっきりと示しているわけです。これが手話が言語研究にとって“進化の実験室”である理由の一つです。手話が意味を「目で見てわかる形」で表現していることは、「当たり前」に思われているので、不思議には感じられないのかもしれませんが、実はメタファー論という視点から考えると、手話を共有する音声言語、たとえば日本手話と日本語は同じ文化圏にあるので、同じメタファーも共有しています。重要なことはメタファーは人類に共通すると思われる部分と、文化によって差異がある部分があります。この事実も、言語普遍論のように統一化して考えると間違った結論になったり、謎ができたりします。言語相対論の立場に立って、メタファーの文化依存的側面も考慮して考えるべきなのです。それにより、手話がメタファー論によって分析できると同時に、反対に手話研究がメタファー論に貢献できるわけです。
以上で、手話と認知メタファーの関係についてのまとめは終了です。
普段なじみのない分野かもしれないので、多分に専門的過ぎることは承知しています。知っていただきたいのは、手話が聾者とのコミュニケーション手段というだけではなく、いろいろな専門分野から興味をもたれている言語だということです。言い方を換えると、手話を聾者とのコミュニケーション手段という世界だけに閉じ込めてはいけない、ということです。手話が聾者社会と深い関係のある文化であることは尊重されるとしても、実は人間の根源にも深く関わっていて、人間を知るための重要な資料である、ということをわかっていただきたいのです。しかも抽象的な思考の世界だけでなく、目に見える身体や空間の利用を人間がいかに利用しているか、という側面が明らかになります。
手話の思想的側面はあまり紹介してきませんでしたので、来年からは「手話の哲学」のようなものを新たなシリーズとして、ご紹介していきたいと思っております。
年末年始は文化的な話題になりますので、気軽にお読みください。
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