手話の雑学113 言語と文化と宗教

言語と文化と宗教は不可分あるいは不変というのが一般的な理解ですが、現実はそれぞれが入り交じった社会を構成しています。言語は複数の言語が接触すると混淆言語(ピジン)という新たな言語が発生します。文化も借用や混淆により新たな文化が発生します。これらの自然発生的な混淆は人によっては「進化」ととらえられることもあります。日本語も長い歴史の中で、大陸からの語彙借用によって漢語ができ、西洋語が入ってきてカタカナの外来語が次々と生まれました。これは言語変化あるいは言語進化といえます。文化についていえば、クリスマスやバレンタインは戦後に日本で広がった文化ですが、クリスマスの苺ケーキやバレンタインチョコなど、日本独自の進化をしています。宗教はまったく変わらないかというとそうではなく、次々と分派ができるだけでなく、新しく入ってきた宗教が元からある宗教と融合していくのが普通です。むしろ「伝統派」は勢いが減っていくことが普通にあります。日本も古くは、土着の神道が「新興」の仏教と次第に融合していき、分派ができると、それに対応して伝統派も変遷していきました。つまり言語、文化、宗教というアイデンティティを形成している要素は不変ではなく、常に時代と共に変化しています。それを「自然淘汰による進化」になぞらえることもできるかもしれません。
手話についていえば、昔は身振りと同じで、存在にさえ気づかれていなかった可能性があります。身振りをコミュニケーション手段と考えるようになったのは近代になってからです。日本の手話は戦前まで「手真似」と呼ばれていて、身振りだと考えられていたわけです。欧米の「サイン言語」という表現も、サインつまり「意味のある信号」という理解から始まっていて、未だに新たな命名はありません。そこでアメリカの聾民族主義の人々は手話が民族的言語であるという概念を示すため、大文字表記をしています。かつてアメスランというアイデアもあって、手話も独自の言語だという運動もあったのですが、結局、今のASLという頭文字語になって落ち着きました。その結果、世界の手話もこの方式が広がっています。ただ問題もあってAustriaやAustraliaだけでなく、Aから始まる国名の国も多いので、早い物勝ちというか、米国の政治的力もあってASLの他の国は小文字を追加するなどで対応しています。日本もそれに倣ってJSLなどと言っていますが、Jから始まる国名も多いので、平等主義や多様化を主張する思想とは矛盾することになります。ちなみにShuwaという日本語のローマ字表記を主張する人もいます。日本は比較的早くから手話の言語としての地位を認めてきたので、手話という語も早くからできました。この背景には、手話通訳養成制度ができて、一般の人々にその存在を広めたことが影響したと考えています。もっともこの手話普及の結果、「標準手話」という概念ができ、聾者以外の手話使用者が激増した結果、手話がいわゆる「日本語対応」的に変化し、「進化」していったということもあります。「手話は聾者の言語」という概念は日本ではもう古くなっていて現実は進化しているわけです。
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