手話研究の星6 ストーキー(William C. Stokoe) ④

ストーキーとの対談での次のテーマは、彼の表記記号が音素ではない、という点でした。発見の手順が音素とほぼ同じなのに、記号が意味的な要素がある点が矛盾していないか、という点です。構造言語学でも、「音素は意味をもたない」ことが条件です。意味の最小単位は「形態素」であり、「音素が形態素を構成し、形態素が語を形成する」という二重分節は言語の必須条件と考えられていたからです。彼が提唱したchereme(動素と翻訳したのは神田)は音素と形態素の要素が混じっているのは矛盾ではないか、という当然の指摘でした。
それに対し、彼の回答は、動素は音素でもないし形態素でもないから、新たな構成素を提案した、そして「動き」の意味のギリシア語cher-から名付けたということでした。さらに付け加えたのは、手話を記述するのに最も適していると考えた構成素であると考えた、記述はその言語に合うようなものであれば、どのようなものでもよい、という言語相対説の思想を説明してくれました。この時点で、私は愚問であったことを悟りました。記述記号は記述のためにあるもので、言語は記述記号のためにあるわけではない、という当然のことに気が付いていなかったのです。
これは学問しているとよくぶつかる問題です。真実の追求のためにいろいろな手法を開発しているうちに、その手法に合う対象を探すようになってしまうという陥穽です。製品開発でも、お客様に喜ばれるような製品を開発しているうちに、いつしかお客様のことを忘れ、開発のための開発に陥ることがあります。売れる商品を開発しているうちに、自分の商品が売れないのは客が悪い、と思うようになることもあります。いわゆる「主客転倒」になってしまうのです。学者にとって、これは致命的な失敗です。その原因は定説への思い込みです。そのことをストーキーから学びました。そしてストーキー法が日本手話に合わないのであれば、日本手話に合うような表記法を工夫すればよい、という示唆を受けました。
これは真実ですが、言うほど簡単ではありません。まったくゼロからの創作は困難ですから、とりあえず現状の手法を徹底的に勉強することが一番の近道です。そこから、私の手話学修行が始まりました。安直に誰かの手法を応用するのではなく、いろいろな分析手法を試してみて、何が足りないのかを考察することを繰り返すことで、新たな手法が見いだされるというオーソドックスな方法をとることにしました。そこが私の手話学の原点です。私の手話学はまず模倣から始まりました。アメリカ手話学を学び、次はヨーロッパの手話学を学ぶことです。当時、進んでいたのはイギリスとドイツでした。イギリスではKyle, ドイツではPrillwitzのところに行く決心をし、留学の機会を狙っていましたが、それは1993年に実現し、書籍からだけの知識を面談によって訂正し、私の学習歴をまとめて書籍にしたのが「手話学講義」です。これは私の後から手話学を学ぼうとする人々への「先輩のまとめノート」です。本書はこの神田文庫に所載されていますので、お読みいただければ幸いです。
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