日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第5回(続々々) 元禄文化とニューイングランド

十三夜の月のイラスト

― 江戸の町人文化と、北米植民地の「知の社会」 ―

・「豊かさ」が生んだ二つの文化

ここで今回のテーマに戻りましょう。元禄文化とニューイングランド文化は、どちらも17世紀の社会の成熟から生まれました。

日本では、戦争がなくなったことで農業・商業が発展し、それにより都市が成長して、町人が豊かになる。そして、娯楽・出版・芸術が発展、という流れがありました。

ニューイングランドでは、植民地社会が安定することで、人口が増加し、商業が発展し、学校・教会が整備され、出版・教育・政治的議論が発展する、という流れがありました。

同じ「社会の成熟」でも、文化の方向は違いました。

・そして18世紀へ

18世紀に入ると、日本では元禄文化から次の時代へ移り、やがて享保の改革が始まります。

北米では、ニューイングランドだけでなくニューヨーク、ペンシルベニア、バージニア、カロライナなど、十三植民地がそれぞれ特色ある社会を形成していきます。ここから、両者の「経済」の違いがさらに重要になってきます。

日本では、米を中心とする経済から商品経済が発展し、商人の力が強まっていきます。

北米では、タバコ、米、木材、魚、毛皮などを大西洋世界へ輸出する「植民地経済」が発展します。

そして18世紀半ばになると、イギリスとフランスが北米の支配権をめぐって激しく争うようになります。その戦争の結果、イギリスは北米で大勝利を収めます。しかし、その勝利が思わぬ結果を生むことになります。イギリスは戦費を取り戻すため、十三植民地に新たな税を課し始めるのです。そして、植民地の人々はこう叫び始めます。「代表なくして課税なし」という有名な標語が広がりました。やがてこの言葉が、アメリカ独立への大きな力となっていきます。

その頃、日本では八代将軍徳川吉宗が「享保の改革」を進めていました。

次回は、「吉宗の改革と十三植民地の発展」を比較します。「財政を立て直そうとした日本」と「経済的に豊かになっていく北米」。同じ18世紀、二つの社会はそれぞれ異なる方法で「経済」と向き合っていたのです。

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