日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第11回(2) 黒船から明治維新へ、そして南北戦争

― 日本が幕府を倒した頃、アメリカでは何が起きていたのか ―
北部と南部の違い
19世紀半ばのアメリカでは、北部と南部の経済構造が大きく違っていました。
北部では、工業。商業。鉄道。都市。移民労働。などが発展します。
南部では、綿花。タバコ。米。砂糖。プランテーション。奴隷労働。が経済の中心でした。
もちろん北部にも奴隷制度への関与や人種差別は存在しました。しかし、奴隷制度を拡大するかどうかという問題をめぐって、南北の対立が次第に激しくなっていきます。
「新しい州を奴隷州にするのか」
西部へ領土を拡大するアメリカでは、さらに問題が複雑になります。新しく州を作るとき、「その州では奴隷制度を認めるのか?」という問題が起こります。奴隷州が増えるのか。自由州が増えるのか。連邦議会での政治的な力関係にも影響します。
1820年のミズーリ妥協。
1850年の妥協。
1854年のカンザス・ネブラスカ法。
こうした政治的妥協が繰り返されました。
しかし、根本的な問題は解決しませんでした。
日本でペリーが来た頃、アメリカではリンカーンが登場する
1858年、イリノイ州の政治家エイブラハム・リンカーンが、奴隷制度をめぐる有名な演説を行いました。リンカーンは、「分裂した家は、立ち行かない」という聖書の言葉を引用し、奴隷制度をめぐって国家が二つに分かれ続けることはできないと訴えました。
そして1860年、リンカーンが大統領に当選します。南部諸州はこれを脅威と受け止めました。なぜならリンカーン率いる共和党は、奴隷制度の西部への拡大に反対していたからです。
1861年、南北戦争が始まる
1860年の大統領選挙後、南部諸州が次々に合衆国から離脱します。
1861年2月にはアメリカ連合国が成立しました。
そして4月、南軍がサウスカロライナ州チャールストンのサムター要塞を攻撃。南北戦争が始まりました。
日本ではこの頃、幕末の政治的混乱が続いていました。
1861年。日本では文久元年。桜田門外の変が起きた翌年です。そして同じ年、アメリカでは南北戦争が始まったのです。
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