日本史と世界史で読み解く 日米物語 第13回(3) 日本とアメリカ、太平洋で出会う

十三夜の月のイラスト

― ハワイ、移民、日清・日露戦争、そして20世紀へ ―

・日清戦争、日本が国際舞台へ

一方、日本は東アジアで急速に存在感を高めていました。

1894年、日清戦争が始まります。日本と清国が朝鮮半島をめぐって対立したことが大きな背景でした。

1895年、日本が勝利。下関条約によって、清国は日本に台湾などを割譲しました。日本は東アジアにおける新しい強国として認識されるようになります。欧米列強から見ても、日本はもはや「黒船に驚いた国」ではありません。近代的な軍隊と海軍を持つ国家になっていたのです。

・アメリカは日本をどう見たのか

この時期、アメリカでは日本への評価が変化していました。日本が急速に近代化していることは、アメリカ人にもよく知られるようになります。特に日本の軍事的・経済的な発展は注目されました。

一方で、日本が朝鮮半島や中国東北部などへ影響力を拡大していくことに対して、アメリカ側も関心を強めます。なぜなら、アメリカ自身が中国市場への進出を考えていたからです。

ここで、日本の東アジア進出とアメリカのアジア進出が重なり始めます。

・「中国市場」という巨大な夢

19世紀末の欧米諸国にとって、中国は巨大な市場でした。人口が多い。商品を売る可能性がある。資源もある。しかし、中国では欧米列強による権益獲得競争が激しくなっていました。アメリカも中国市場から排除されたくありません。そこで1899年、アメリカの国務長官ジョン・ヘイは「門戸開放」を提唱します。中国における各国の通商機会を公平にしようという考え方です。これは、アメリカがアジア太平洋地域に本格的に関与し始めたことを示しています。

・日露戦争とアメリカ

1904年、日本とロシアの間で戦争が始まりました。日露戦争です。日本は朝鮮半島や満州をめぐってロシアと対立しました。

当時のアメリカ大統領はセオドア・ルーズベルトです。ルーズベルトは日本とロシアの和平交渉を仲介します。

1905年、アメリカ東海岸のニューハンプシャー州ポーツマスで講和会議が開かれました。これが「ポーツマス条約」です。日本とロシアは戦争を終結させました。この功績によって、ルーズベルトは1906年にノーベル平和賞を受賞します。

・日本は「列強」の仲間入りをした

日露戦争で日本が勝利したことは、世界に大きな衝撃を与えました。アジアの国が、ヨーロッパの大国ロシアを破ったからです。日本国内では大きな自信となりました。一方、欧米諸国では、「日本は今後、どこまで勢力を拡大するのか」という警戒も生まれます。

アメリカも、日本を単なる東アジアの国としてではなく、太平洋地域の有力な国家として見るようになります。

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