五十音図
5月10日は五十音図の日で、石川県加賀市山代温泉観光協会が記念日として登録したそうです。山代温泉には明覚上人が初代住職を務めた温泉寺があり、その明覚上人が平安後期に五十音図の基礎を作ったとされているからです。正確には「五十音図・あいうえおの日」というそうで50音の語呂合わせから5月10日になりました。
日本には弘法大師作(実は作者不明)という俗説のある「いろは文字」があるため、五十音図は近代のものという理解が広まっていますが、五十音の大本はイロハとほぼ同じ時代にありました。五十音の考え方は現代にも通用する子音と母音の組み合わせであるという認識とアイウエオの五母音による段によって分類されている点にあります。その基盤となったのが仏教研究に重要な悉曇(しったん)学と漢文の音の分析に必要な反切(はんせつ)にあると考えられます。悉曇学は簡単にいえば仏教経典の元であるサンスクリット(梵語)の文字の研究ことです。唐代中期以後に中国でも密教が盛んとなるにつれて原語(梵語)の音が重視され梵語のままに唱える真言(しんごん)・陀羅尼(だらに)が重要になりました。今日でも般若心経の「ぎゃーてい、ぎゃーてい、はーらーぎゃーてい」や「おんばらだめいうん」など仏の名前の真言を唱えることがあります。梵語や梵字は密教の伝来とともに日本に入りますが、空海は真言宗の悉曇、円仁は天台宗の悉曇の祖となったとされています。これらの時代の悉曇を集大成したのが安然(あんねん)の『悉曇蔵』があり、その後、院政時代の天台の明覚によってさらに音声学的に研究され韻学というべきものが形成されるようになり、それが国語の音韻論研究の端緒が開かれたといえます。明覚の「反音作法」は当時すでに乱れていた反切を当時すでに成立していた仮名を利用して漢字の音の読み方を示したもので、現在の五十音とは行の順が異なっていて、アカヤサタナラハマワとヤ行とラ行がずれています。その後は室町時代に修正があり現代の五十音の基礎となりました。明覚の行順は子音がアカヤ(喉音)サタナラ(舌音)ハマワ(唇音)と各子音の調音位置を口の内から外の順に並べたもので現代の音声学から見ると極めて理にかなった配列であることがわかります。漢字の音の日本語表記は明覚の前にあり、現存最古の音図は平安時代中期の『孔雀経音義』 (1004年 - 1027年頃) や『金光明最勝王経音義』 (1079年) などがあるそうです。「音義」は漢字の発音と意味を表した注釈書のことであり漢和辞典といえます。
五十音をいわゆるローマ字で表記すると日本語の音の特徴がはっきりしてきます。今はどちらかというと英語の表記法つまりヘボン式が多いのですが、訓令式の表記法もあります。ローマ字というのもRoman Alphabetの訳語で正式にはラテン文字といいます。訓令式ローマ字は五十音表の段と行をラテン文字で記号として表した合理的な五十音表記法で、たとえばシはサ行イ段の位置にあるのでsiと表記されます。ヘボン式だとshiになり、ここだけshになる理由はほぼ説明されていません。英語ではseaとsheは別の子音ですから区別が必要ですが、仮名表記しようとするとスィーとシーのようになります。タ行はさらに変則的でta,chi,tsu,te,toとなります。その理由は英語で日本語音を表記したからですから、変則的部分は英語を発音する時や聞き取る時に注意しなければならないポイントです。日本は英語を意識するあまりヘボン式が普及していますが、日本語の音韻を学ぶ上では訓令式が合理的といえます。
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