灌仏会と論理


論理

4月8日は灌仏会つまりお釈迦様の誕生日で、花まつりともいいます。しかしこれは本来旧暦の行事なので、今のようにお寺でこの日に花まつりをするのは抵抗感があります。旧暦には旧暦の考え方や理(ことわり)があります。

この理を英語で表現するとreasonとかlawというのですが、論理logicでもあると思います。論理はlogicの訳語なのですが、日本ではなんとなく絶対的真理のような受け止められ方をしています。論理的であることは正しいのですが、論理は1つだけではないことを知っておきたいところです。

キリスト教の聖書のうち、ヨハネによる福音書の最初に「はじめに言葉があった」という文言が日本では有名で、また誤解も広がっています。原文はギリシア語で書かれていてEn arkhēi ēn ho logos、エン・アルケー・エーン・ホ・ロゴスとなっています。直訳するなら「アルケーはロゴスなり」ということで、アルケーは万物の始まり、宇宙の根本原理のことで、ロゴスは言葉、真実、真理、理性、調和、統一など広い意味があります。そしてロゴス=キリスト (世界を構成する論理としてのイエス・キリスト、または神の言葉) であり、神そのものを意味します。つまり「宇宙の根本原理は神の言葉である」ということで、キリスト教の根本を表す表現です。日本でなぜ語訳が広がったかというと、この英訳がIn the beginning was the Wordとなっていて、それを直訳して「はじめにことばがあった」としたからです。翻訳というのは何度も言語を通過するうちに意味が変わってしまう典型例です。そしてキリスト教において神の言葉は絶対的で、唯一のものですから、ロゴスという論理も絶対的なもの、という信仰になっています。西欧の哲学者や言語学者にはこういう思想の人が多いです。

しかし宗教は唯一無二ではなく、実際に多くの宗教や宗派がありますから、それぞれの宗教が宇宙の根本原理について言及していますから、論理もいろいろあるのが現実です。そして新暦となったグレゴリオ暦は当然キリスト教に基づいた理論体系になっています。それに対し旧暦は古代中国の天文学や日本に輸入されて仏教や神道と共に発展した暦であり、元になる宇宙は同じでも宇宙観は異なり、星の味方(星座)も違います。緯度が違うので見える星も違いますから、星座という見立ても異なるのが当たり前です。太陽の運行にも微妙な違いがあり、月の運行はさらに違いがあります。つまり東洋における観測結果から計算した暦体系が旧暦です。そしてどちらにも誤差がでるので調整しています。結果からいえば、自然の変化と生活の関係においてどちらがよりしっくり来るかという問題です。そこには歴史や習慣が関わってきます。大きな論理体系の違いがあるのですが、一方に偏るのは特定の思想といえます。

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