ニュアンス
「私の表現のニュアンスがうまく伝わっていない」という経験は誰にもあると思います。この意味は「伝える側の意図」が受け手にうまく伝わっていない、ということで、メッセージの発信側の気持ちがニュアンスということになります。言い方を換えると、メッセージに込められた意図は発信側と受信側では違いがあるということになります。普段、この違いはあまり意識されることはなく、通信によるメッセージは「正しく」伝わるという前提を共有しています。そうでないとメールや電話だけでなく、面談でも同じことで、コミュニケーションの意味がなくなってしまいます。従ってコミュニケーションにおけるニュアンスの伝達の効果は小さいと思われています。しかし、ニュアンスの伝達は発信側も受信側も双方に感情的な意味をもち、それが重要な場合もあります。とくに肯定なのか、否定なのか、という結論が正反対の場合、感情的な判断が重要になってきます。
ニュアンスという語の語源はnuanceというフランス語のようです。英語でもフランス語がそのまま使われています。言い換えると英語には元々、こういう語がない、つまり概念がなかったので、フランス語から借用したわけです。英語の基盤はゲルマン語で、超単純化すればゲルマン語系言語は論理的な語彙は豊富でも、曖昧な意味をもつ概念はラテン語系言語の方が得意なようです。日本語はこの手の曖昧な意味の広がりをもつ語彙が豊富です。日本語の特徴の1つがオノマトペと呼ばれる「ものまね」の語彙が非常に多いことです。オノマトペは具体的な物を真似ることが多いので、物理的な意味を連想しやすいのですが、擬態語と呼ばれる語彙、たとえば「しとしと」などは雨が降る様子を描写したことはわかるものの、どういう状態なのかは曖昧で、人により判断が異なります。こういう擬態語を外国語に訳すのは非常に難しく、日本語話者が共有している概念といえます。
日本語の難しさとして外国人がよくいうのは「空気」です。英訳をする場合は「行間を読む」「ヒントにする」などで言い換えることが多いようですが、それこそニュアンスがちょっと違うと思われます。「行間を読む」のは文章においてであり、普通の会話ではほぼ使わない表現です。「ヒントにする」にしても、そこから何か提案をする訳でもないので、「空気を読む」こととは異なります。ここでいう「空気を読む」の意味は、その場の雰囲気や状況を察することです。場の雰囲気や状況を察するというだけではなく、そのタイミングではどのような行動を取るのがよいかを考えて判断した結果の対応も含みます。この雰囲気というのもなかなか難しく、感性の問題が大きく関わるので、曖昧な概念です。その感性は文化的に共有されていることが多いので、異文化集団同士では、なかなか共有できず、互いの空気を読むことは理解に違いが生じやすいものです。外国語話者に日本語話者の「空気が読めない」のは当然かもしれません。
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