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手話の雑学52
手話は成り立ちの歴史からも身振りとの関係性が強く、言語と非言語の境目が曖昧です。それはある意味、音声言語より訴求力があるともいえます。いわば「手話は音声言語と身振りの中間」あるいは「両方の要素を含んでいる」といえます。そして近代化によって、国語との接触が増えるにつれ、音声言語との混淆(こんこう)が進んでいきます。結果として、手話の中に身振り的要素の多い言語変種と、音声言語的要素の多い言語変種ができ・・・
手話の雑学51
非言語情報の利用では、嘘がつきにくい、という現象が見られます。訓練すれば、表情や身振りも、嘘をつくことは不可能ではなく、役者のように演技できる人もいますが、普通の人は「自然に」「無意識のうちに」行動が出てしまいます。時にはコトバより強い訴求力があります。そして「身振りと言語は同期する」という法則があります。表現を換えると、「ことばと身振りは別々にできない」ということです。たとえば「万歳」の時、両手・・・
手話の雑学50
名詞に関わる文法には、数、人称、性があります。英語ではこうした文法のほとんどが代名詞で表現されます。名詞は数しかありません。西洋語では、名詞と代名詞の文法的な区別は少なく、代名詞は名詞の一部と考えてもよいと思われます。数は冠詞でも表現されます。フランス語やドイツ語では、名詞と冠詞に数と性があります。日本語には冠詞がないので、わかりにくく、覚えにくい要素の1つです。 日本語の人称を表す名詞は独特で、・・・
手話の雑学49
ここで日本語文法の独自性について、知っておいてください。これまでも日本語の特殊性についていろいろ解説してきましたが、今回は日本文化にも関わる特殊な文法です。日本語の受け身には独特の用法があります。通称「被害の受け身」といいますが、「雨に降られる」のような被害がある場合に受身形が用いられます。さらに特殊な表現として「昨年、父に死なれた」のような受け身形があります。「死ぬ」は自動詞なので、英語感覚から・・・
手話の雑学48
日本手話学習は日本語で習うため、学習者のほとんどが日本手話と日本語の近さを感じるかもしれませんが、文法的に見ると、日本手話は英語に近い側面が多いのです。まずは数を通じて、それを実感してください。ある意味、英文法に強い人は日本手話文法理解も早いと思われます。 数の次は「人称」という概念です。英文法の時間に「人称代名詞」というのを習い、1人称、2人称、3人称というのを習いました。1,2,3という数字が・・・
手話の雑学47
英語の時間に「単数、複数」という概念を習いました。名詞や代名詞に複数形というのがあって、語尾にsをつけるだけでなく、不規則変化というのもあって、面倒で覚えきれませんでした。実は日本語には基本的に複数形は存在しません。言い方を変えると「日本語は数概念を意識しない言語」です。たとえば「あ、あそこに牛がいる」と言った場合、何頭の牛なのかは意識しません。1頭かもしれないし、数頭かもしれないし、牛の群れなの・・・
手話の雑学46
文法研究の枠組みは手話文法研究にとって、大きな課題です。英文法の枠組みも日本文法の枠組みもそのままでは適用できないことが予想されるからです。もしかすると手話文法独自の枠組みを創設しなければならない可能性があります。そのためには、文法とは何か、言語研究とは何かという広範囲な知識と経験がないとむずかしいでしょう。これが、日本手話文法研究がなかなかでてこない理由の1つです。理由の1つとしたのは、他にも研・・・
手話の雑学45
このように文法研究にも長い歴史があり、その時代の要請に従って、変遷がありました。ある言語の文法を研究するに当たって、いきなり現代の手法を応用することは困難です。なぜなら、元になる資料(データ)ないからです。そこでまずデータ収集から始め、古典的な文法体系の思想を応用しつつ、順番に手順を踏んでいかねばなりません。古典である、「主語、述語、名詞、動詞」といった基本概念が手話ではどうなっているのかを調べる・・・
手話の雑学44
たとえ昔嫌いだったとしても、必要があって、文法を再学習するためには、改めて文法研究とは何かという視点から文法研究史を眺めてみます。これは単なる知識ですから、忘れても何の問題もありません。試験にも出ませんから、安心してください。まあ教養の一部として、欧米の考え方を知るための手立ての1つと思っていただくのがよいです。 古代は哲学としての文法研究でした。文法研究の出発点は古代ギリシャです。プラトンやアリ・・・
手話の雑学43
言語の構造である文法を研究するには、まず枠組みの設定が重要です。この言語研究の枠組みは歴史的に変化してきましたし、今もいろいろな枠組みがあります。言語学者はどの枠組みを利用するかを決めなくてはなりません。現状になければ、自分で枠組みを作ることから始めなくてはならないのです。どういう枠組みが自分に適しているかを考える材料として、言語研究の歴史を知ることが基本なので、言語学に限らず、あらゆる研究分野で・・・
手話の雑学42
ではなぜ、自動車の構造を教えないのでしょうか。それは運転免許証の試験にでないからです。昔は運転免許の試験に構造と法規があり、基本的な構造を学びました。もっとも多くの人は構造の学習は「めんどくさい」ので関心が薄く、不満も大きかったので、次第に省略されるようになり、法規と実技が中心になりました。それくらい、構造の理解というのは抽象的でむずかしいものです。抽象的つまり目に見えないものの理解は高度なのです・・・
手話の雑学41
手話には文字がありません。そのため「文献」が長く存在しませんでした。映画が発明されてから、わずかに記録がありますが、録画にかかるコストや撮影条件が厳しく、わざわざ手話を記録することは稀有だったのです。写真による記録も一部にありますが、静止画なので、動きがよくわかりません。古典的には言語による記述もありました。日本でも明治時代、いくつかの「手話辞典」が作成されており、それは聾教育用でした。これは今日・・・
手話の雑学40
一方で日本の英語学習はどうかというと、学校で1年に100時間程度、9年間で1000時間程度、高校や大学を入れても、1,500時間程度でしょう。しかも「日本英語」中心です。そもそも「役に立つ英語」をまったく学んでいないのですから、できるはずがないのです。そして英語ができる人は「日本英語のできる人」です。 ここでも「英語」として一括りにして考えることが間違いだといえます。英語にも種類があり、日本英語は・・・
手話の雑学39
翻訳技術に必要な道具は何でしょうか。みなさんも「英文解釈」の時に何を利用しましたか。英文解釈とは「英語を日本語に翻訳する」ことです。そこでは英和辞典と文法知識が不可欠でしたね。つまり翻訳技術開発は辞書開発と文法研究と同義です。そのためには、元の言語と翻訳する言語の両方に知識が必要です。 まず翻訳における用語ですが、翻訳における元の言語を起点言語 (Source language)、翻訳した後の訳文・・・
手話の雑学38
翻訳は単に知識の移動ではなく、信仰の根拠を作り直す行為でもあり、政治的・思想的な力を伴いました。日本でも江戸時代後期の「蘭学」によってオランダ語から医学・科学の知識が輸入され、明治期には大量の西洋書が翻訳されて「哲学」「経済」「社会」などの新しい日本語の概念語が生まれました。翻訳は単なる言葉の橋渡しではなく、新しい知の創造装置でもあったのです。日本では長く切支丹禁令が続いたため、宗教的な影響は限定・・・
手話の雑学37
「手話翻訳」という考え方の根底には、時空を超えた異言語間の意味伝達ということが理解されていなければなりません。いわば翻訳内容が永遠に残ることが前提です。そこで、翻訳のための技術は何か、という考察がまず必要になってきます。 翻訳技術がどのように発達してきたかという歴史はかなり古いです。ある意味、人類は昔から言語の違いに悩んでおり、それが文字の段階になっても、続いていました。翻訳の最初とされるのが有名・・・
手話の雑学36
日本で普及しているインターネット通信のLINEのような親しい間のやり取りでさえ、電話と違い、不揮発化が容易であり、近年では、裁判の証拠となることもあります。言い方を変えると、昔は情報の揮発性の分類が明確であったのが、技術革新によって、区別が曖昧になってきています。 こういう時代背景を考えると、手話は現状、ほぼ揮発情報としての利用がほとんどですが、時代的に不揮発情報としての記録化や文字化が必要になっ・・・
手話の雑学35
「文字が音声より証拠能力がある」という偏見の根拠は、客観性ということなのでしょうが、録音技術が発達し現代では、「話したこと」に真実性を求める傾向が強くなってきています。文字は他人でも捏造できるものですが、話したことは、本人であることを証明しやすいからです。同様に、動画像が増えてきた現在、動画の「証拠能力」が広く認められていますから、「手話の証拠能力」が認められるようになるのも、そう遠くないと予想さ・・・
手話の雑学34
類人猿の手話習得の研究は手話の言語起源論に拍車をかけました。そして、もう1つ、傍証となっているのが、幼児の言語習得過程です。 幼児は生後12か月頃までは言語音声を発声できません。しかし、身振りに近い手話であれば、7カ月前後で獲得できることがわかってきました。人間の発達は、精子と卵子の結合から、細胞の分裂を繰り返し、その発達過程は、人類の発達過程を追いかけているように見えます。胎児の姿は魚に似ていた・・・
手話の雑学33
ネアンデルタール人は旧人類とはいわれていても、人類には違いありません。道具の使用や埋葬の習慣があった、ということでもあるので、言語の使用があったことが推定されていたのですが、実は音声言語は現代人とは異なっており、あったとしても非常に「原始的」である、ということになります。チンパンジーや類人猿の音声と似ていた、という推定もできるので、類人猿の音声と旧人類の音声の違い、とくに言語という側面から考えると・・・

