言語技能測定技術と言語教育理論⑦ 手話の語彙数と文型数


コラム挿絵:手話技能検定のイメージ画像

よくある質問に「手話の単語はいくつくらいあるのですか?」というのがあります。この質問の前提として「手話の単語は少ない」という誤解があります。そもそも言語の単語数つまり語彙というのは「無限」です。単語は次々に生まれていくと同時に死語になって廃れていく語もあります。語は「語形成」というしくみがあって、組み合わせによって、いくらでも作れるようになっています。しかし、「辞書に載っている語」が語彙という誤解が広がっています。辞書にたくさん語が載っている言語が「優秀な言語」という誤解があります。たとえば、英語にあって、日本語にない概念があると、英語の方が優れている、と思う人がいます。反対に、日本語にあって、それに相当する英語がないと、日本語は素晴らしい、と自慢する人もいます。言語は文化と密接な関係があり、文化が違えば語彙の範囲は異なります。そこで別の文化を取り込もうとすると、語を翻訳して取り込むことになります。それが借入語、いわゆる外来語です。現代の日本語は、カタカナで借入したり、アルファベットで借入します。昔は漢語で借入しました。そしてその借入のシステムを利用して、元来あった日本語をわざわざカタカナやアルファベットで表記することで、新しい意味を付加するという語形成の方法も利用されます。文化の接触があると、こうした借入語が急増します。中には、意味が誤解されたり、わざと別の意味にして借入することもあります。たとえば「マンション」は高層共同住宅ですが、元のmansionは大邸宅です。日本英語の中にも多くの「誤借入」があり、とくに役所が乱発する傾向があります。手話の世界独特の用語に「日本語対応手話」というのがあります。日本語と手話では語彙が違います。そこで「手話にない語を日本語から借入」する時、指文字や既存の手話単語の組み合わせにより、手話語彙にします。これは外国語に慣れていない人がカタカナ語に心理的な抵抗感があるように、日本語の語彙学習が少ない手話母語話者には、同じような抵抗感が生まれます。反対に日本語語彙量が多い聴者や中途失聴者にとって、借入語は便利です。手話通訳者や聾学校の先生はほぼ聴者です。そういう人々にとって、借入手話語つまり日本語対応手話は便利なので、多用しますから、広がっていきます。ちょうど、役人や政治家が日本英語が便利なので多用するのと似たような言語現象です。このように、語彙量は無限で時代と共に増加するのが普通です。実際、手話辞典を歴史的に眺めると、現代の手話辞典の掲載語彙は増えています。しかし、語学の定説として、使用頻度の高い「基本語」や「基本文型」は一定数であることが知られています。基本語はレベルにもよりますが、500~2000語、基本文型は200~300文です。どの言語でもこれだけ学習すれば、実用になります。あとは専門的な語彙と、特別なニュアンスを表す例文、慣用句などです。この原理を用いて、手話検定は範囲語彙量と範囲例文量を設定しています。3級までは「手話の基本」の技能検定をしているわけです。そしてそれは「受容技能」に限定しています。

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