手話研究の星1 カール・カーシュナー⑤(カリフォルニア聾学校)


手話で話す女性のイラスト

当時、カリフォルニア州には2つの公立聾学校がありました。1つはサンバナディーノ、もう1つはフリーモントです。前々回のロイのコラム記事で、マージが所属していたオロニーカレッジの近くにフリーモント校があり、マージの紹介で視察できました。

ここの特徴は複数障害児の受け入れを積極的にしていたことです。当時のアメリカの聾学校は基本的に寄宿舎でした。遠くから通うことは無理だからです。そしてその小さなコミュニティでは、独自の方言が発達していきます。それがいわゆるスクールサインですが、幼児の頃から習得するため、それが母語になるケースもあります。そこから、手話は仲間(ピアグループ)から学習されるという学説も生まれてきました。自然言語は環境次第という原理からすると間違いではないのですが、手話は常にピアグループから習得される、という誇張になると誤りもでてきます。もし、ピアグループがないと、手話は習得されない、という裏返しの反論が可能だからです。実際の言語習得は、まず家族間で、次に学校で、そして社会との関わりで習得していく複層的なものです。一部だけを取り出して議論することは間違いを生みやすいのです。

フリーモント校の担当者の説明では、複数障害児の場合、結局は聾学校が引き受けざるをえない状況になるということでした。言い換えると言語の問題が障害の中でも一番重要である、ということを結果的に実証しているともいえます。

同じ聾学校でもサンバナディーノ校はむしろ中等教育に重点をおいており、外国人の受け入れもしている、ということで、カールの斡旋で、日本の聾高校生の留学もありました。ミスタードーナツでは「愛の輪運動」というのを実施していて、障害者リーダー養成ということで、毎年何人かの障害者にアメリカ留学をさせていました。当時、聾学生の実績がなかったので、ぜひ、という要請があり、カールの仲で、1名の聾女子高生が留学しました。同校では、週末には帰宅するという規則でしたが、留学生には帰宅先がないので、私の自宅に呼んだり、カールやその友達の家に呼んだりしていました。一人は聾者、一人は難聴者で、英語力は難聴者の方が高かったのですが、手話習得力は聾者の方が高く、溶け込み方にも差がでて、それが帰国後の行動にも反映しました。留学は人により、成果が大きく異なるのは通例です。

カリフォルニア州には私立校もあり、純粋口話法の初等教育校であるジョントレーシークリニック(JTC)とトライポッドです。どちらも寄付金で運営されていました。JTCは口話法の「総本山」と呼ばれるほど、信頼性も高く、当時の日本の聾教育の見本とされていました。ここの思想は「言語教育の教師は親である」ということで、親に厳しい指導法を伝授していました。ジョントレシーというのは映画俳優のスペンサートレーシーの聾の息子の名前です。彼を中心とするハリウッド俳優からの寄付が中心でした。プレミア映画の収入が寄付されていました。トライポッドはその正反対の思想です。つまり公立と私立で選択肢が多いというのが特色です。

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