日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第11回(5) 黒船から明治維新へ、そして南北戦争

十三夜の月のイラスト

― 日本が幕府を倒した頃、アメリカでは何が起きていたのか ―

日本の幕末とアメリカ南北戦争

この二つを並べると驚くほど似た問題が見えてきます。

日本:幕府を維持するのか、新しい政府を作るのか。
アメリカ:一つの国家を維持するのか、南部の独立を認めるのか。

どちらも、「国家をどのような形で維持するのか」という問題でした。

しかし、解決方法は違います。
日本では最終的に政権交代が起こり、明治政府が成立します。
アメリカでは、リンカーンが連邦を維持するために戦争を続けます。

リンカーンと大政奉還

ここで、あえてリンカーンと徳川慶喜を比較してみましょう。

徳川慶喜は1867年、大政奉還によって政権を朝廷へ返しました。
一方、リンカーンは連邦を守るために強力な軍事行動を取ります。

つまり、
慶喜=権力を返すことで政治秩序を変える
リンカーン=国家を維持するために戦う
という正反対の選択をしたのです。

もちろん、二人の置かれていた政治状況は大きく異なります。
それでも「国家をどう維持するか」という観点から見ると、非常に興味深い比較ができます。

1863年、リンカーンの奴隷解放宣言南北戦争の途中、リンカーンは大きな決断をします。1863年1月1日、「奴隷解放宣言」を発効させました。
ただし、これはアメリカ国内のすべての奴隷をその瞬間に解放したものではありません。反乱状態にある南部諸州の奴隷を対象とした戦時措置でした。
しかし、その政治的・歴史的意味は非常に大きいものでした。戦争の目的が、「連邦を維持すること」だけではなく、「奴隷制度を終わらせること」とも結びつくようになったのです。

日本では1868年、明治維新

そして1868年。日本では明治政府が成立します。戊辰戦争を経て、旧幕府勢力は敗北。明治政府は中央集権的な国家建設を進めます。
ここから日本は急速に近代化します。

「富国強兵」。「殖産興業」。「文明開化」。欧米の制度や技術を積極的に導入していきます。実は、ペリー来航からわずか15年です。
1853年には黒船を見て驚いていた日本が、1868年には自ら近代国家を建設しようとしていました。
この変化の速さは、世界史的に見ても非常に印象的です。

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