日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第12回(3) 明治日本と西部開拓時代のアメリカ

十三夜の月のイラスト

― 鉄道、移民、開拓、そして近代国家の建設 ―

・日本にも「北海道開拓」という問題があった

ここで日本を見てみましょう。明治政府もまた、北方地域の開発を重要な国家政策としました。1869年、蝦夷地は「北海道」と改称され、開拓使が設置されます。政府は北海道の開拓を進めました。道路。鉄道。農場。鉱山。港湾。学校。行政機関。さまざまな施設が整備されていきます。

札幌には開拓使の拠点が置かれ、現在の北海道大学につながる札幌農学校も設立されました。北海道は日本の近代化を支える重要な地域になっていきます。

・しかし北海道にも先住民族がいた

ここで忘れてはいけないのがアイヌの人々です。北海道は「無人の土地」ではありませんでした。アイヌの人々は長い歴史を持ち、独自の言語、文化、交易圏を形成していました。明治政府は北海道を国家の領域として統合し、開拓を進めます。その過程でアイヌの土地や生活は大きな影響を受けました。土地制度が変更され、伝統的な狩猟や漁労にも制限が加えられます。

1899年には北海道旧土人保護法が制定されますが、これはアイヌの人々を保護するという名目を持ちながら、同化を促す性格を強く持つ法律でした。アメリカの先住民族政策と同じではありません。しかし、「近代国家が領土を統合するとき、先住民族の土地や文化が大きな影響を受けた」という点では比較することができます。

・「開拓」という言葉の裏側

「開拓」という言葉には、「何もない土地を人間が開発する」というイメージがあります。しかし歴史的には、その土地にすでに人々が暮らしていたケースが少なくありません。アメリカ西部もそうでした。北海道もそうでした。したがって、近代国家の拡大を考えるときには、「誰にとっての開拓なのか」という視点が重要になります。

・国家にとっては領土の開発。

移住者にとっては新しい生活。しかし、そこに住んでいた人々にとっては、土地を失うことだった可能性があります。

・移民が作ったアメリカ

19世紀後半のアメリカを理解する上でもう一つ重要なのが移民です。ヨーロッパから大量の人々がアメリカへ渡ってきました。アイルランド。ドイツ。イタリア。東欧。そして中国など、アジアからの移民も増えました。彼らは鉄道建設、鉱山、農業、工場などで働きました。アメリカの巨大な経済成長は、こうした移民労働力によっても支えられていたのです。しかし、移民に対する差別も激しくなりました。特に中国人移民は鉄道建設で重要な役割を果たした一方、激しい差別を受けました。

1882年には中国人排斥法が成立します。自由と移民の国として発展するアメリカにも、排外主義という大きな矛盾が存在していました。

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