日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第12回(4) 明治日本と西部開拓時代のアメリカ

― 鉄道、移民、開拓、そして近代国家の建設 ―
・明治日本は「移民を受け入れる国」ではなかった
この点は日本との大きな違いです。明治日本では、アメリカほど大量の海外移民を受け入れることはありませんでした。むしろ日本国内から北海道などへ人々を移住させる政策が進められます。また、後には日本人自身が海外へ移住するようになります。ハワイ。アメリカ本土。南米。ブラジル。特に19世紀末から20世紀初頭にかけて、日本から海外へ渡る人々が増えていきます。つまり、
・アメリカは「世界から人が集まる国」へ、
・日本は「国内の人口を移動させ、やがて海外へ人を送り出す国」へ
進んでいったのです。
・産業化という共通の波
1870年代以降、アメリカの産業化は急速に進みます。鉄鋼。石油。鉄道。機械。電気。大企業。ニューヨーク、シカゴ、ボストンなどの都市が成長します。アメリカは農業国から工業大国へ変わっていきました。日本でも明治政府が殖産興業を進めます。富岡製糸場。官営八幡製鐵所。紡績工場。鉱山。造船所。鉄道。電信。日本も近代産業国家へ変わっていきます。
・富岡製糸場とアメリカの工場
1872年に操業を開始した富岡製糸場は、明治政府の殖産興業政策を象徴する施設です。フランスの技術を導入し、生糸の品質と生産性を高めようとしました。一方、アメリカでは巨大な工場が次々に建設されます。大量生産。機械化。分業。鉄道による物流。都市市場。こうした産業社会が急速に発展していました。日本は欧米の技術を積極的に導入しながら、短期間で産業化を進めました。
・国家が「経済」を作る
ここにも両国の共通点があります。明治政府は、「国家を豊かにするためには産業を育てなければならない」と考えました。アメリカ政府も、鉄道建設。土地政策。関税。産業政策。銀行制度。などを通じて経済成長を支えました。つまり近代国家は、単に法律を作るだけではありません。道路を作る。鉄道を作る。港を整備する。学校を作る。工場を支援する。郵便や電信を整える。こうして国家が経済活動を支えるようになります。
・「富国強兵」と「アメリカの西部拡張」
日本の明治政府が掲げた「富国強兵」には、明確な国際的背景がありました。欧米列強に対抗するためには、経済力と軍事力が必要だったのです。
一方、アメリカも南北戦争後、巨大な軍事力と経済力を持つ国家へ変化していきました。西部の領土拡大。鉄道。工業化。人口増加。軍事力。これらが組み合わさり、アメリカは世界的な大国への道を歩み始めます。日本も同じ頃、東アジアで国力を急速に増していきます。
1889年、日本国憲法
1889年、日本では大日本帝国憲法が発布されました。
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