風が吹くと桶屋が儲かる
これは昔、諺(ことわざ)だと思われていました。「風が吹けば桶屋が儲かる」という言い方もあります。丸山健夫 (2006)が詳しい解説をしていますが、江戸時代の浮世草子の気質物(かたぎもの)が初出だそうです。まず原典を検証してみましょう。
「とかく今の世では有ふれた事ではゆかぬ。今日の大風で土ほこりが立ちて人の目の中へ入れば、世間にめくらが大ぶん出来る。そこで三味線がよふうれる。そうすると猫の皮がたんといるによって世界中の猫が大分へる。そふなれば鼠があばれ出すによって、おのづから箱の類をかぢりおる。爰(ここ)で箱屋をしたらば大分よかりそふなものじゃと思案は仕だしても、是(これ)も元手がなふては埒(らち)明(あか)ず」(— 無跡散人『世間学者気質』より、慣用句辞典 より転記。Wikipedia)
より簡単に展開すると、大風→土ほこり→目に入る→めくら(原文のママ)→三味線→猫の皮→猫が減る→ネズミが増える→箱をかじる→箱屋をすると儲かる、という論理展開です。しかも結論として「元手がないとダメ」といっていますから、現代の解釈とはだいぶ違っています。この文章が意図するところは冒頭にあるように、ありふれたことでは儲からないので、何がどう展開するかわからないから、アイデア次第で儲かる、ということの例として出していることがわかります。現代のように論理の飛躍の例とするのは誤った引用ということになります。ここでいう箱屋というのは指物(さしもの)師のことで、木製品製造一般をさしています。桶はその1つということです。箱屋が桶屋に変わったのは1802年の石川雅望の「しみのすみか物語」からだそうで(前述丸山)、より明確にしてインパクトがあるものに変えたそうです。丸山の解説には松平定信も出てくるのですが、興味のある方は丸山を読んでみてください。
辞書などの解説では、この諺の意味は「ある事象が起こると予想外のところに影響が及ぶ」ということなので、論理展開とは意味が違います。因果関係を示しているだけのことで、現代でも「○○といえば…」のような展開が言葉遊びがあり、CMなどでも使われています。前提から結論までの意外な飛躍がおもしろいのです。
この文章の展開には、当時の背景の理解も必要です。盲人は三味線などの音曲を教える仕事をしていたこと、三味線の皮は猫の皮であること、ネズミが箱をかじること、などです。そもそも大風が吹いて土ほこりが舞うことも今はなくなっています。そして指物師という商売も稀になってきました。
こういう展開を題材にした「あたま山」という落語があります。自分の頭の池に飛び込むという奇想天外なストリーを演者の技量で聴衆を引っ張りこんでいきます。笑い話なのですが、思わず引き込まれてしまうのは名人芸です。
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