言語起源論
ここ数年、言語学の世界で言語起源論が盛んになってきました。約百年位の周期で論争が起こります。昔の言語は文献以外の証拠がなく、文献発生以前の言語については明確な証拠がない推論のため、結論が出にくいのが最大の原因です。人類の歴史は化石という物理的な証拠があり、形態的な変化も測定できるので、進化過程も具体的に証明できます。化石の骨格から、喉の器官などの形状は推定できますが、音声そのものの痕跡はなく、あくまでも推測にすぎません。人間の音声の発生は声帯が肺から送られてくる空気による振動がベースですが、舌の形状や口腔の形の変化、歯や鼻腔を使うなど、複雑な発声器官の組み合わせによってできています。これらをすべて推測するのは不可能に近いといえます。実際の音声は体格の違いや意思による強弱があり、いわゆる個性つまり個体差もあるため、相当数の骨格を集めても困難な作業ですが、化石の骨格は数が限定されています。これは人間としての一般的な話で、実際の音声は言語差があります。習得した言語により、発音できる音とできない音があります。つまり脳による発声メカニズムの支配があるので、その脳の作用まで推定するのは非常に難しいといえます。そもそも大昔の言語を推定するための作業に、その言語の情報がいる、というのは矛盾しています。
言語起源論の推論は大きく分けて、音の物まねから始まったというオノマトペ説と身振りから進化したという身振り説に代表されます。現在の言語起源論もこの範疇の論争になっています。どちらの説もコミュニケーションの必要性は共通していますから、そもそもコミュニケーションとは何かという定義が重要になってきます。人間だけでなく、動物でもコミュニケーションをすることは知られており、最近では植物や細菌もコミュニケーションをするという説もあります。コミュニケーションとは情報の伝達ということであれば、ウイルスのDNAのやり取りもコミュニケーションといえそうです。そもそも言語は人間だけのものなのか、というところから推論を始めないといけません。人間以外のコミュニケーションでは言語を使わない、という前提があります。言い換えると人間だけが言語を使う、ということです。この前提が正しいかどうか、という議論もあります。近年では手話も言語である、という認識が広まり、類人猿は手話によるコミュニケーションが可能である、という学説もあれば、あれは手話ではない、という学説もあり、人間と類人猿では異なることは明白であっても、その境界は曖昧であり、人間と動物とを峻別するものの1つが言語である、という前提は揺らいできました。その前提を採用するか、しないか、で起源をどこに求めるかによって違ってきます。
近年、言語の問題が起きてきた背景にはAIの進化があります。シンギュラリティ問題という、AIが人間を支配する時代が来る、という説、とそうではないという説もあり、そこに言語の問題が深く関わっています。AIが言語を操るようになってきて、その問題は一層深刻になっています。
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