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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第4回(続々々) 鎖国の日本、開拓の北米新着!!

― 海を管理した日本と、川をたどって内陸へ進んだヨーロッパ人 ― ・なぜ北米では「西へ」が重要になったのか 北米の歴史を理解する上で、「西」という方向は非常に重要です。大西洋岸に到着したヨーロッパ人にとって、西には巨大な大陸が広がっていました。その先には何があるのか。どこまで土地が続いているのか。どんな資源があるのか。どんな民族が暮らしているのか。こうした未知への関心が探検を促しました。そして、「・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第4回(続々) 鎖国の日本、開拓の北米新着!!

― 海を管理した日本と、川をたどって内陸へ進んだヨーロッパ人 ― ・日本の「道」と北米の「水路」 ここで、交通という視点から日本と北米を比べてみましょう。江戸時代の日本では、街道が整備されました。東海道。中山道。甲州街道。日光街道。奥州街道。これらの道路を利用して、人や物、情報が全国を移動しました。江戸を中心とした交通網は、幕府による統治にも役立ちました。一方、北米では川と湖が交通網の中心でした。・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第4回(続) 鎖国の日本、開拓の北米新着!!

― 海を管理した日本と、川をたどって内陸へ進んだヨーロッパ人 ― ・なぜ幕府は海を管理したのか その背景には、日本独特の地理的条件があります。日本は島国です。外国勢力が海から侵入してくる可能性がある一方、海によって国内を守ることもできます。幕府は、長崎、対馬、薩摩、松前など、海外と接する窓口を限定することで、外国との情報や貿易をコントロールしました。これは「世界から離れる」というより、「世界との接・・・

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処暑 ― 夏の終わりを告げる風と七十二候新着!!

八月も後半に入ると、暦の上では「処暑」を迎えます。処暑は二十四節気の一つで、毎年おおむね八月二十三日ごろにあたります。「処」には「とどまる」「収まる」という意味があり、暑さが次第に収まり、秋の気配が濃くなっていく時期を表しています。とはいえ、現代の日本では処暑を迎えても厳しい残暑が続くことが珍しくありません。それでも、朝夕の風や空の高さ、虫の声などに、少しずつ季節の変化を感じるころです。処暑は、夏・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第4回 鎖国の日本、開拓の北米新着!!

― 海を管理した日本と、川をたどって内陸へ進んだヨーロッパ人 ― 17世紀前半、日本と北米は大きく異なる方向へ進み始めました。日本では徳川幕府が国内の統治を安定させ、海外との交流を厳しく管理する体制を整えていきます。後に「鎖国」と呼ばれることになる体制です。 一方、北米では、イギリス人やフランス人が大西洋岸から内陸へ進み、森林、湖、河川を利用して新しい交易拠点や植民地を築いていました。一見すると、・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第3回(続々) 新着!!

・17世紀、日本と北米を結ぶ「もう一つの世界」 実は、この時代の日本と北米には、直接的な接点も存在しました。17世紀初頭、スペイン領メキシコを経由して日本と北米を結ぶ太平洋交易が行われていました。1609年、フィリピン総督を務めたロドリゴ・デ・ビベロが日本近海で遭難し、現在の千葉県御宿町付近に漂着しました。徳川家康は彼らを保護し、帰国のための船を建造させます。1610年には「サン・ブエナ・ベントゥ・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第3回(続) 新着!!

・1608年、フランス人もケベックを建設 そして翌1608年、北米ではもう一つ重要な都市が誕生します。ケベックです。フランス人探検家サミュエル・ド・シャンプランがセントローレンス川沿いに築きました。ケベックもジェームズタウンと同じく、ヨーロッパ人による植民拠点でした。しかし、フランス人の北米進出にはイギリスとは異なる特徴がありました。フランスは毛皮交易を重視し、先住民族との同盟関係を築きながら内陸・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第3回 家康が江戸幕府を開いた頃、北米でも新しい社会が始まった― 江戸の町とジェームズタウン、二つの「新しい都市」 ―新着!!

1603年、徳川家康が征夷大将軍に任命され、江戸幕府が成立しました。この出来事は、日本史では「戦国時代の終わり」として扱われます。しかし、同じ年を北米史の視点から見ると、もう一つ興味深いことが見えてきます。それは、北米でもヨーロッパ人による「新しい社会づくり」が本格化しようとしていたことです。 日本では、戦乱を終わらせるために徳川家康が政治制度を整え、江戸を中心とする新しい国家秩序を築き始めました・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第2回(続々)「同じ1600年代」が全く違う方向新着!!

1600年代初頭の世界を一枚の地図として眺めると、とても興味深い光景が浮かび上がります。日本では徳川家康が江戸に幕府を開き、国内の戦乱を終わらせようとしていました。 イギリスではジェームズ1世が即位し、北米植民地の建設が始まります。 フランスではシャンプランがケベックを建設します。 スペインはすでにメキシコやフロリダなど広大な領域を支配していました。 つまり17世紀初頭は、日本にとって「国内統一の・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第2回(続)日本では秀吉が天下を統一する新着!!

ロアノーク植民地が謎に包まれていた頃、日本では歴史が大きく動いていました。1582年、明智光秀による本能寺の変によって織田信長が倒れます。その後、豊臣秀吉が勢力を伸ばし、1590年には小田原の北条氏を降伏させ、全国統一を達成しました。つまり、日本では一人の権力者が国内を統一していたのです。 一方、イギリスでは海外に新しい植民地を作ろうとしていました。まったく異なる歴史が同じ時間に進行していたのです・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第2回 信長が天下統一を目指した頃、北米では植民地建設が始まった ― 安土城とジェームズタウン、同じ時代に生まれた二つの新世界 ―

前回は、1543年に日本へ鉄砲が伝わった頃、北米ではヨーロッパ人による探検が始まっていたことを紹介しました。 それから約60年。日本では織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が登場し、戦国時代から天下統一、そして江戸幕府成立へと歴史が大きく動いていました。 一方、北米では、まだ「アメリカ合衆国」という国は存在していません。しかし、この頃から後のアメリカにつながる本格的な植民地建設が始まります。 1607年、・・・

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終戦記念日 ― 8月15日を、日本とアメリカ、そして世界から考える

毎年8月15日、日本では「終戦記念日」として、戦争で亡くなった人々を追悼し、平和を祈ります。1945年8月15日、昭和天皇による「玉音放送」がラジオで流れ、日本国民に戦争終結が伝えられました。 しかし、歴史的に見ると、8月15日は単純に「戦争が終わった日」とだけ捉えることはできません。日本、アメリカ、ソ連、中国、イギリスなど、それぞれの立場から見れば、この日は第二次世界大戦という巨大な国際的対立が・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第1回(続)

・北米は「空白の大陸」だった 当時のヨーロッパ人は北米の地図をほとんど持っていませんでした。現在のような州境も都市もありません。ニューヨークも、ボストンも、シカゴも、ロサンゼルスも、まだ存在しません。もちろんアメリカ合衆国もありません。 あるのは広大な森林、数え切れない湖、巨大な川、そして何千年も前から暮らしてきた数多くの先住民族でした。 現在「新世界」と呼ばれる北米は、ヨーロッパ人にとっては未知・・・

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日本史と世界史で読み解く 北米建国物語 第1回鉄砲が日本へ伝わった頃、北米では何が起きていたのか ― 戦国日本と新世界が出会う前夜 ―

これまでは北米大陸内のことだけに焦点を当ててきましたが、今回は視点を変えて、「同じ頃、日本ではどんな状況だったのか」という見方から、北米史と日本史を対照的に見てみます。 1543年、日本の歴史を大きく変える出来事が起こりました。一隻の中国船が嵐に流され、種子島へ漂着します。その船にはポルトガル人が乗っており、日本へ初めて鉄砲が伝えられました。この「鉄砲伝来」は戦国時代の戦い方を一変させ、やがて織田・・・

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「イギリス人が築いたアメリカ」 第10回(最終回) イギリスがアメリカに残したもの ― 建国を支えた制度と文化の遺産

1607年、ジェームズタウンに最初の恒久的植民地が築かれてから約180年。イギリス人が北米東海岸に建設した十三植民地は、1776年の独立宣言、1783年の独立承認を経て、新しい国家アメリカ合衆国へと成長しました。独立によって政治的にはイギリスと決別しましたが、その文化や制度の多くは現在もアメリカ社会の中に息づいています。最終回では、「イギリスがアメリカに残したもの」を振り返りながら、本シリーズを締・・・

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「イギリス人が築いたアメリカ」 第9回 西部への扉 ― ルイジアナ購入とフロンティア

1789年にアメリカ合衆国が正式に発足すると、新しい国家は東海岸の十三州から始まりました。しかし、その若い共和国が世界有数の大国へ成長するきっかけとなったのは、西部への領土拡大でした。広大な未知の大地は、人々に夢と希望を与える一方で、多くの困難や対立も生み出しました。第9回では、ルイジアナ購入から始まる西部開拓と、「フロンティア精神」と呼ばれるアメリカ独自の価値観についてご紹介します。 独立当初の・・・

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「イギリス人が築いたアメリカ」 第8回 フィラデルフィアが生んだ合衆国 ― 憲法制定と「建国の父たち」

1783年、パリ条約によってアメリカ合衆国はイギリスから正式に独立を認められました。しかし、独立戦争の勝利は新しい国の始まりに過ぎませんでした。十三の州は、それぞれ独立した国家のような存在であり、中央政府にはほとんど権限がありませんでした。「自由を勝ち取った国を、どのような仕組みで運営するのか」。この難題に挑んだ人々が、「建国の父たち(Founding Fathers)」と呼ばれる指導者たちです。・・・

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「イギリス人が築いたアメリカ」 第7回 アメリカ独立戦争 ― 一つの国家が誕生した八年間

1775年4月19日早朝、マサチューセッツ植民地のレキシントン村に一発の銃声が響きました。この銃声は後に「世界中に響いた一発(The Shot Heard Round the World)」と呼ばれます。イギリス本国と十三植民地の対立は、ついに武力衝突へと発展しました。ここから1783年まで続くアメリカ独立戦争が始まり、新しい国家・アメリカ合衆国が誕生することになります。 イギリス軍は、植民地民兵・・・

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「イギリス人が築いたアメリカ」 第6回 独立への道 ― ボストン茶会事件と自由への第一歩

1763年、フレンチ・インディアン戦争が終結すると、イギリスは北米で広大な領土を手に入れました。しかし、その勝利には莫大な戦費がかかっていました。本国政府は、その負担を十三植民地にも求めます。一方、植民地の人々は「自分たちにはイギリス議会に代表者がいない」と反発しました。この対立は次第に深まり、やがて1773年12月16日に起きた「ボストン茶会事件」へと発展します。この出来事は、アメリカ独立革命の・・・

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立秋 ― 秋の気配を迎える日と七十二候の移ろい

毎年八月七日ごろ、暦の上では「立秋」を迎えます。文字どおり「秋が立つ」日であり、この日から二十四節気では秋が始まります。しかし、日本列島では一年でも最も暑さが厳しい時期にあたり、「本当に秋なのだろうか」と首をかしげたくなる方も多いでしょう。それでも古来の人々は、真夏の暑さの中にも少しずつ訪れる季節の変化を敏感に感じ取り、自然の営みを細やかに観察してきました。その繊細な季節感を表しているのが、二十四・・・

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