アメリカの入学と卒業



アメリカの大学にも入学試験がありますが、日本とはまったく異なります。アメリカだけでなくヨーロッパの国々やアラブ圏、アフリカ圏、アジア圏や南米など、世界のほとんどの国と異なっています。入試が過酷なのは日本、韓国、中国など東アジアの一部だけです。なぜ入試が過酷かという理由は簡単で、需要(入学希望者)と供給(定員=合格者)のバランスが需要に偏っているからです。日本でも戦前の入試はそれほど過酷ではなく、過酷になってきて「受験戦争」とまでいわれるようになったのは、戦後のベビーブームによる団塊世代という人口のいびつな社会集団と、大学卒の社会的有利があったためです。大学卒が有利になるのは役人と軍人、会社員のような給与所得者であり、農業や職人には学歴は関係ありません。戦前は「月給取り」は憧れの職業であり、不安定かつ低所得の生産に従事する庶民が多かったのです。敗戦により軍人はなくなり、農地改革や財閥解体などの占領政策により、会社員が激増する社会構造になったことによって、大学卒が重要な社会変数となっていきました。その需要に応じて、いわゆる「駅弁大学」が生産されましたが、それでも供給力不足になり、入学競争が激化したわけです。一方で世界のほとんどの国では「月給取り」はほぼ存在せず、給与所得者も年俸または日雇いが基本になっています。そして大学卒という社会変数はほとんど機能していないので、大学の需要は主として研究者か教育者に限定されています。そのため経済的にみると、大学は需要も供給も少ない「小さな市場」になっています。結果的に大学数が多いのはアメリカと日本です。日本は特に私立大学が異様に多いのが特徴的です。日本でいう、「いい大学に入って、いい会社に入る」という安定のための志向は日本独特ともいえます。大学数が多いアメリカでは、大学卒業者の多くは「いい会社に入る」ことよりは、「いい会社を設立する」という起業志向が強いのです。その結果、いわゆるベンチャー企業が無数にあり、その中から競争に勝った企業が他企業を買収して、次第に大きくなっていき、超大企業に成長する、という社会構造になっています。そして起業した人は、設立した企業を売ることで、新たな資金を得て、その資金でさらに別の企業をする、という拡大をして資産形成をする、というのが「出世」であり、金持ちになることです。日本の場合、出世とは会社内での地位が上がることで、相対的に収入が増えることを意味しますが、これは終身雇用と年功序列があって、初めて成立する方法です。現在の日本はこのどちらも衰退方向なので、必然的に出世できる人は激減し、結果として、「貧乏人」になっていくことになります。むろん、アメリカの大学卒がすべて起業するわけでなく、企業に就職する人もいます。しかし、日本のように会社員として就職するのではなく、会計とかエンジニアのように専門職として就職し、いろいろ転職しながらキャリアップしていきます。日本では会社の人事によって配属を決めるというシステムではないことも重要です。

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