商品としての言語5 商品化された労働



労働が時給に換算されるのは、今では当たり前のことで、政府や自治体も最低賃金を時給に置いています。また家事を時給に換算したり、あらゆる仕事を時給に換算しようという観念が一般化しています。しかし違和感を抱く人も多いと思います。実際、商売をしている人や農業、漁業などの生産者、あるいは政治家の労働が時給に換算されることはありません。また家事をする女性の労働を時給換算してみると、家事を商品として販売しているビジネスではそれほど高くなかったり、あるいはもっと高かったりします。つまり単純に時給換算できる労働はそれほど多くはない、ということです。

労働が賃金となる、と提唱したのはマルクスですが、マルクスの時代、農奴に見られるように、働く人々は主人の所有物であり、家畜のように考えられていたのですから、それを商品と考えるという思想は画期的だったといえます。そして賃金の代価として労働を提供する人を労働者として、旧来の主人を資本家として、両者を対立的に考えることで、社会改革を考えたわけです。その意味からすると、今の日本は正にマルクス主義の実践が普及したといえます。しかし、さすがのマルクスも家事や政治まで労働とは考えていなかったでしょう。軍事の兵役を労働と考えていたのかはわかりませんが、職業軍人には給与が支払われます。しかし戦時となると、給与が支払われていることはないのが実情でしょう。戦費がかかるので、給与にまで回っていないと想像しています。日本の政治家はほぼ例外なく給与が税金から支払われ、特別公務員という扱いになっています。しかし、海外では政治家は無給である国もたくさんあります。日本人がよく理想として挙げる北欧では、政治家はボランティアであり、本業の他にする仕事になっています。日本でもマンション組合の理事、PTAや町会の役員は無給であることがほとんどです。NPOの理事や市民活動の役員も無給のことが多いです。また宗教家も無給のことが多いです。つまり、こうした仕事は労働ではない、ということになります。法律的にも、こうした仕事の場合は雇用保険もなく、万一事故にあっても労働災害に認定されません。言い換えると、すべての仕事が労働とみなされているわけではなく、労働とみなされるのは商品化されている場合、と考えることができます。農業では近年、農業法人によって農作業が労働化され賃金が支払われるケースも増えてきました。工業では古くから労働の商品化が行われ、安いなりにも賃金が支払われてきました。漁業でも遠洋漁業では古くから賃金制度になっています。生産業では一部は労働化、一部は非労働化という状態です。この労働化つまり商品化と非労働化の違いは何でしょうか。そこに労働とは何か、商品とは何か、を改めて考えるためのヒントがあります。それは価値観であり、思想です。

マルクスは労働に価値を認め、それを賃金に変えるという思想を提案しました。しかし現状を見ると、それは不完全であったことがわかります。仕事が複雑化し、社会も複雑化した今、価値観や思想を考えるよい機会だといえそうです。

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