「なぜ」を問うてみよう 2



Because it’s there.というのは有名な表現で、エベレストに最初に登頂したジョージ・マロリーの言葉です。日本では「そこに山があるからだ」と訳されていて、itは山と訳されて広がっていますが、昔からこの訳には議論がありました。しかしインパクトのある表現なので、「なぜ」と問われて説明がむずかしくなる時の便利な回答として重宝されてきました。この表現のitはエベレストのことなので、エベレストと訳すべきという議論もありました。この議論について詳しく解説したコラムがあります。詳細はそちらをご覧ください。https://note.com/mitimasu/n/n6b0029b7763e

議論はさておき、この表現のすごいところはすべて中学生でもわかる単語になっていることで、逆にいうとシンプルな表現には幅広い解釈と抽象性が含まれている、ということです。ビートルズのLet it be.も何がどうあるべきか、というのは解釈次第です。「アナと雪の女王」で知られた歌詞のLet it go.も同じような感じです。「ありのままに」というのはうまい訳で、日本語の主語なしの曖昧さを巧みに利用しています。英語的に考えると、この2つの文のbe とgoの違いがわかると英語の感覚がわかるようになります。Have you gone to New York?Have you been in New York?では前者が「行ったことある?」という旅行経験を尋ねており、後者は「住んだことある?」という居住経験を尋ねているわけです。英語のbeは意味が広く曖昧ですから、理解する時には注意が必要です。同じようにgoやdoも曖昧な意味で、行く、する、と訳すと誤訳になりがちです。

冒頭のマロリーの表現ではthereが使われていますが、このthereも曲者です。日本語の存在を示す英語表現にはthereの他にhereがあります。Hereはここにある、という意味ですが、目の前に指し示す場合もあります。日本語の「はい、どうぞ」という状況でも使われます。Thereの方はあそこ、ということではなく、一般的な意味を持ちます。日本語では、いる、と、あるは人とモノで区別しますが、欧米言語ではその区別はなく、一般的な存在を示すbeに該当する表現を用います。実はこの存在を示す語が哲学では頻繁に用いられます。日本語訳では「存在」と訳されるのですが、そんな固い漢語ではなく、「ある」という語で議論されるわけです。たとえばフランス語のbeに相当する語はetreなので、reason d’etreは英訳すればreason to beで簡単なのですが、日本語にすると存在理由という固い訳になります。「なぜ私は生きているのだろう」という根本的な意義が、この存在理由ですが、わざわざフランス語のまま音訳してレゾンデートルと言って得意げに話す人もいます。そうなると一層わかりにくいものになってしまいます。実は、存在は哲学の根本の命題であり、哲学者の間で長く議論されています。そこではbeだけでなくbeingも議論されます。人間のことをhumanと言ったりhuman beingと言ったりしますが、意味が異なるわけで、その違いを理解するのはかなり大変です。日本では両者を区別していないと思われます。
Why are you there?という質問に、あなたはどう答えますか?

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