やまとことば② もの(続)
者と物の違いは意外に簡単ではないのです。日本語の現実では、漢字を思い浮かべることで識別は簡単です。たとえば「もらいもの」は物ですし、「うつけもの」なら者です。音は似ていますが「つけもの」なら漬物が浮びます。漢字が書けるか書けないかは関係ありません。つまり日本語母語話者は漢字がイメージとして記憶されており、文脈や状況から適正な漢字が連想できます。外国語として日本語を学んだ人にはなかなかむずかしいようです。そこに語呂合わせが絡んでくるとさらに厄介でしょう。昔、名古屋に「付けもの」という有名なオカマバーがありました。これは言葉遊びで、モノを物と考えると、「付けている者」という意味であり、オカマということを考えると、わかる人にはわかるような暗示方法です。
言葉遊びに慣れた人はこういう技術を巧みに利用します。同じ意味ですが、「変わり者」と「変人」という表現があります。どちらも今でも使いますが、後者が後からできた語です。この「後者」という表現は「もの」についての例外的用法です。前者・後者というのは人間でなく、物です。英語のthe former, the latterの訳語かと思って調べてみたら、19世紀の日本の文献(日本外史(1827)が初出だそうですから、明治時代の翻訳語ではなかったようです。元々、前の人を前者、後ろの人を後者という表現があったので、それを比喩的に使用したのかもしれません。人を者(もの)という表現には「うつけもの」「おろかもの」「たわけもの」「新参者」など古い言葉が多いようで、「かぶきもの」となると、もはや死語になっています。
一方で、物(もの)の方は家事で「洗い物」「洗濯物」のように今でも使われています。葉物のようなやや専門語に近い語や、刃物や着物のように1語化した語もあります。専門語といえば、ヒカリモノといえば寿司屋での用語であり、カワキモノはバーなどの飲食店用語です。他にも「選挙はミズモノ」とか、寄席のイロモノ、見世物のように具体的な物ではなく、抽象的な事柄を表すこともあります。漢字では物と者を書き分ければ、おおよその意味の違いはわかりますが、意外に複雑で奥の深い意味をもっていることがわかります。今ではあまり使われなくなってきていますが、昔は範疇というか、分類に使われることも多く、靴や下駄などを履物、帽子などを被り物、自動車や自転車を総称して乗り物、また産地を示して瀬戸物など、多くの語彙がありました。セトモノなどは語源が消えてしまい、陶器類一般をさす一般名詞になってしまいました。「若者」と「わかいもん」のように者をモンと転訛して俗語表現となり、用法が変わった語彙もあります。モンがつくものには「いなかもん」「バッタモン」「バチモン」など俗語にはたくさんあります。物を分類に使うことは今でも広がっており、料理では「煮物」「汁物」「焼き物」「蒸し物」「椀物」などがお品書きに書いてあったりします。物と書いてブツと読むものでは動物、植物、鉱物、生物などの分類もあります。ニセモノ、ホンモノは人でも物でも使えそうです。モノの世界は想像以上に広く深い意味をもったヤマトコトバです。
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