君が代



オリンピックで日本が金メダルを取るたびに、国歌「君が代」が流れ、選手も応援した国民も頬らしい気持ちになります。これは日本だけでなく、世界共通でオリンピックは世界の平和の採点といいつつ、国家レベルの競争でもあります。普段、国旗がどうの、国家がどうの、と批判している左翼の人々もこの時だけは沈黙しています。国旗や国歌を否定して、代わりに何をしようとしているのか理解できません。英連邦のように植民地でさえ、国旗があります。

日本の国家「君が代」は1893年(明治26年)の8月12日、文部省が訓令「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」を布告し、小学校の祝日・大祭日の唱歌に『君が代』『一月一日』『紀元節』など8曲が定められたことを記念しています。しかしこの日は国家の記念日にはなっておらず、日本国民のほとんどが知らないのは残念なことです。「君が代」は平安時代の『古今和歌集』にある「読み人知らず」の和歌が歌詞になっています。明治時代、イギリスの軍楽隊長ジョン・フェントン(John Fenton、1831~1890年)日本に国歌がないのを残念に思い、彼が曲を作り、歌われていたのですが、しかし、メロディーと歌詞の雰囲気が一致していないということなどで、宮内庁雅楽課の林広守(はやし ひろもり、1831~1896年)が現在の曲に作り替えたとされています。それで雅楽のようなゆったりした曲調で独特の音階になっています。

世界の国家の多くは独立戦争の勝利を記念して作られたことが多いので、行進曲が多く、歌詞も結構血みどろな内容になっています。君が代は国民なら誰でも歌える平易な曲ですが、たとえばアメリカ国歌は大変歌いにくいので、歌手が歌うことになっています。それも内容的に1番のみです。本当は4番まであるのですが、国民の大半が1番しか知りません。国歌の中には、シンガポールのように正式にはマレー語で歌うのですが、国民の多くはマレー語がわからないため、他の公用語である英語、中国語、タミル語に訳されて歌われることもあります。その英語はシンガポール英語というマレー語と混じり合った英語です。イギリス国家は先日までGod Save the Queen.でしたがGod Save the King.に変わりました。元々はKingであったのが、エリザベス時代にQueenとなり長く続いたので、そちらの方が国民の馴染みとなっていました。歌詞が変わるというのもおもしろいです。中国の国歌は2004年中華人民共和国憲法で国歌として正式に規定されました。元は1935年の中国映画『風雲児女』の主題歌として作曲された義勇軍行進曲です。田漢 (田汉、Tián Hàn) 作詞、聶耳 (聂耳、Niè Ěr) 作曲ですが、作詞者が文化大革命によって批判され、一時は歌われなくなったのですが、文革終結直後の1978年3月に、第五期全国人民代表大会第一回会議で歌詞が変更されたうえ、正式な国歌とされ、さらに1979年に行われた田漢の名誉回復により、1982年12月の第五期全国人民代表大会第五回会議で、田漢の作詞による元の歌詞に戻され、「義勇軍進行曲」の副題も復活した、という複雑な歴史があります。

国歌には文化や歴史が深く刻まれているので、いろいろ勉強してみるとよいです。

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