言語技能測定技術と言語教育理論⑭ 指文字学習

「指文字の読み取りがむずかしい」という話をよく聞きます。これは単純に「学習不足」に起因するのですが、指文字を作ることが比較的易しいことからくる誤解です。日本語だと、五十音の文字を最初に習いますが、文字を学習する時にはすでに音韻は習得済です。頭の中にある音のイメージと文字の形を一致させる学習が文字学習です。指文字の場合は、すでに学習済の文字と指文字の変換という学習過程です。しかも、音と五十音の関係は規則性もない、ランダムな関係なので、かなり学習時間を要します。実際、「あ」という文字がどうして「ア」という音なのか、という説明はできないと思います。歴史的には、「ア」に相当する漢字があって、それが仮名文字になったという「起源」は大人になってから学ぶことはできますが、文字学習の幼少期に理解できるはずがありません。ところが指文字学習は聾児などの特別な環境にないかぎり、指文字と起源と一緒にならうことが頻繁です。五十音との関連もある程度習いますから、ランダム学習ではなく、「移行」と呼ばれる学習です。一番簡単なのは「空書」と呼ばれる、空中に文字を書く方法です。空書では、すべての文字を空中に書くことができます。空中に書く前に、掌に字を書いたり、机に書いたり、紙に文字を書いたり、という「書く」ことによるコミュニケーションは、聴覚障害を持つ人との最も簡単な方法です。筆談というこの方法は今でも用いられています。この方法の弱点は、「読む側」がその文字と意味を理解していることが前提です。たとえば漢字をよくわからない外国人との筆談はそれほどうまくいきません。しかし聴覚障害をもつ人のほとんどは国語学習をしており、仮名なら読めるため、仮名を書くことは簡単で有効な手段です。仮名だけでなく、数字も空書することがよくあります。指文字の創成に当たり、恐らくは最後の手段として、使われた空書がもっとも学習しやすい、というのは皮肉かもしれませんが、実際の指文字指導では空書である「のりん」から始めるのが効率的です。大曾根Gが最初に採用したであろうアメリカ指文字を起源とする日本指文字は最も学習しにくいのも皮肉です。「盗むのヌ」のような頭韻法は覚えやすいので、これもすぐに覚えられます。形象によるカタカナからできた指文字も比較的簡単です。こうした「わかりやすさ」を基準においた指文字学習法は指文字のしくみを知っていないとできません。手話技能検定協会では、この指文字学習法によるテキストを販売し、普及に努めました。ただ問題があるのは、指文字順が普及していないことです。英和辞典を引く時には、アルファベット順が必須ですし、国語辞典であれば、あいうえお順が必須です。その原理に従えば、手話辞典が指文字学習順であってもおかしくはないのですが、そうなっていないのは、手話に文字がないこと、指文字の学習法は今でも五十音順で指導することが普及していることに関係があります。結果として、手話辞典は五十音順に語彙が配置されています。それは「手話は日本語の一種である」という誤解の原因でもあります。
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