手話の雑学76

視覚と聴覚というチャンネルの違いは、脳のどこで処理されるかという「局在」と無縁ではありません。むしろ、手話の図像性と音象徴がそれぞれ独特の力をもつ理由のひとつに、脳の処理ルートの違いが関わっています。ただし、脳は単純な“分業制”ではなく、とても柔軟に仕事を回しているので、ここはその点を考慮して観察します。まず視覚系情報処理です。
・視覚系:後頭葉+側頭・頭頂の空間処理ネットワーク
視覚情報は後頭葉(一次視覚野)から始まり、そこから「形」「動き」「位置」のそれぞれの処理ルートに広がります。手の形は形状処理、動きは MT/V5 などの運動処理領域、位置は空間に配置される情報は頭頂葉の空間マッピングとなっています。
手話の図像性は、この視覚ネットワークと非常に相性がいい性質を持っています。なので、手話は「空間をそのまま言語化する」タイプの表現が可能になるわけです。分類詞(CL)構文がミニチュア世界のように見えるのも、この脳の仕組みに乗っているからと考えられます。
聴覚系は側頭葉の一次聴覚野+リズム・音韻処理ネットワークを利用しています。音象徴は耳から入る音の微妙な特徴(破裂音の短さ、摩擦音の流れ、濁音の低周波など)を脳が質感として読み取る場所にシステムがあります。主に関わるのは側頭葉の聴覚野と、その前後に広がる音韻処理ネットワークです。ここでは、音の高低・強弱・長短が関わっています。そして音素の持つ統計的特徴(日本語の /p/ は軽い破裂を連想しやすい、など)が意味と結びつきます。つまり音象徴の多くは、脳が音の物理的特徴を“感覚的カテゴリ”として整理するメカニズムに依存しています。
言語野(ブローカ・ウェルニッケ)と象徴性はどう接続しているかという問題もあります。興味深いのは図像性も音象徴も最終的には「言語として扱われる領域」に引き込まれるという点です。手話の意味処理は、視覚入力であってもブローカ野・ウェルニッケ野に到達します。
音象徴も、音として処理されたあと、意味ネットワーク(側頭葉の語彙野)に統合されています。つまり、入力経路は違っても、言語として扱われる段階では“同じ机の上で整理されるわけです。では、局在が違うせいで象徴性の性質まで違うのか?という問題もあります。
結論をまとめるとこうなります。
・視覚系は空間構造のマッピングに強いので手話の図像性は立体的で構造的になる。
・聴覚系は時間的・連続的変化の処理に強いので 音象徴はリズム・流れ・質感に寄る。
脳の得意分野がそのまま象徴性の“得意分野”を決めているという構図です。手話の 図像性の強さは、空間情報をそのまま言語にできる視覚ネットワークのおかげであり、音象徴の質感の豊かさは、音の微細な違いを拾い上げる聴覚ネットワークのおかげです。
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