手話の雑学８３

デフドッグのトレーニングの要点は、科学的な動物行動学の知見と、デフドッグの特性を合わせると、次のようなポイントが浮かびます。

・注意喚起は「振動・光・触覚」：床を軽く踏む、手を振る、懐中電灯で短く光を出す、肩をやさしくタップするなど。
・サインは一貫性が命：犬にとって「形」は連続的な動きとして認識されます。同じ速度・向きで示すことで語彙が安定します。
・強化（ご褒美）はタイミング勝負：聞こえない分、合図→行動→報酬の流れが明確になるようスピード感を重視します。
・スタートル反応（びっくり）を減らす生活導線：後ろから触らず、視界に入る方向から近づく。就寝中はそっと視界の端に動きを入れて起こす。

犬は音声に依存していないので、デフドッグの学習能力そのものは健常な犬と変わりません。むしろ、視覚とボディランゲージに焦点が合っているぶん、コミュニケーションが“より三次元的”に感じられることがあります。また共に暮らすという文化が必要です。デフドッグと暮らす家庭では、家族全員が自然と「手を使う文化」に移行します。これは単なるしつけ技術ではなく、言語生活の再編成に似ています。声をかける代わりに手を開く、動きを少し大きくする、空間を区切る——まるで家庭内の小さな手話コミュニティが育つようなものです。聴覚がないからこそ、視線が合った瞬間の“共同注意”（相手と同じものに注意を向けるスキル）が生まれやすく、信頼関係が濃くなることもよくあります。音声を媒介しないぶん、環境の静かさそのものがコミュニケーションの舞台になるからです。そのため、聾者の家庭では、デフドッグを飼うことが好まれます。

動物行動学では、デフドッグの研究はまだ発展途上です。興味深いのは「手話的な動きの記号化は犬の記憶・学習モデルとどう交差するのか」という点です。犬がサインを読む際、動作のアイコニシティ（動きと意味の結びつき）がどこまで役立っているのかは、まさに研究余地の大きいテーマです。ユーザーが関心を寄せている手話学と共通する部分があり、デフドッグは言語の境界線を考える格好の分野でもあります。デフドッグは「障害のある犬」ではなく、「別の感覚マップを使って生きる犬」と捉えると世界が広がります。視覚と身体動作で編まれた静かな対話の空間は、人間側にも新しい観察の力を育てますし、手話や身体言語の研究にも不思議なヒントを落としてくれます。Deaf Dogs Rock（デフ・ドッグズ・ロック）は、アメリカを拠点とする聴覚障害をもつ犬のための非営利団体です。聴導犬を育成する団体ではなく、犬自身が聴覚障害をもって生まれた／途中で失った場合に、その犬を保護し、里親と出会えるよう支援する団体 だという点が大きな特徴です。