手話の雑学87

ハンドサインの文化と今後はどうなっていくでしょうか。想像もむずかしいのですが、人間社会と同じく、動物訓練の世界にも「方言」があります。犬訓練のハンドサインは国や団体ごとに微妙に違い、馬術でも乗り手ごとの癖がそのまま「言語」になります。これは、ハンドサインが人間言語のように標準化した文法を持たず、身体がそのまま記号の個体差になる領域だからでしょう。最近では、聾者のドッグトレーナーが増え、手話の一部語彙を応用した犬用ハンドサインが生まれる例もあるそうです。人のサイン言語が、動物訓練の世界に移植される現象は文化的にとても面白い現象です。動物訓練におけるハンドサインは、言語のミニチュアのようでいて、言語そのものとは異なります。だからこそ、人間のコミュニケーション能力の土台を照らし返してくれる存在でもあります。この視点から見ると、デフドッグの世界は、手の記号がどれほど多彩「意味の運搬船」になり得るのかを示す貴重なフィールドになります。
デフドッグや馬のハンドサインは「人と動物」の間のコミュニケーションでしたが、「動物と動物」の間ではどうなのでしょうか。犬や馬には手がないので、ハンドサインはできません。しかし類人猿のように手が器用に動く動物ならハンドサインができるかもしれません。霊長類に見られるサインの原型として、チンパンジーやボノボは手の動き・身体姿勢・視線を組み合わせて、かなり豊かな意思疎通を行います。相手に向けて手を差し出して「共有」を求める仕草、撫でる仕草で「落ち着いて」、自分のほうへ引き寄せる仕草で「来い」などが観察されています。これらは人間の手話と異なり、文法性はないものの、意図性・習得可能性・場面依存性など、言語前段階の特徴を持ちます。霊長類同士でも通じるし、研究例では母子間で新しいジェスチャーが文化的に継承されることもあります。手話の発達以前のプリサイン(pre-sign)と考えられています。文化の伝承として有名なのがニホンザルの「芋洗い」や焼き芋の例があります。動物同士でも、手を使う記号を意図的に共有する訓練環境を作れば、原始的な手話体系が育つ可能性はあるという考えがあります。たとえば、複数の霊長類に同一のハンドサインを教え、かつ相互に使用する場面を作る方法です。実際、多くの霊長類に手話を教えたとする研究例があり、チンパンジーだけでなく、ゴリラやオランウータンなどの例もあります。しかし手話という言語なのかどうかについては議論があり、結論はまだ出ていません。しかし、すでに研究では、チンパンジー同士が独自に作ったジェスチャーを共有し、第三者が理解することが確認されているという報告もあります。これは小さな「言語共同体」の芽みたいなものです。ただ、体系として拡張し、抽象語彙を持ち、統語構造を形成するという「言語の三段ジャンプ」を飛び越えられた動物集団はいません。一方で、西アフリカの野生のゴリラの観察では、性的な欲求にハンドサインが自然発生したという例もあり、人間との接触がなくても記号化ができるのではないか、という意見もあります。
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